・・・そうして王氏は喜びのあまり、張氏の孫を上座に招じて、家姫を出したり、音楽を奏したり、盛な饗宴を催したあげく、千金を寿にしたとかいうことです。私はほとんど雀躍しました。滄桑五十載を閲した後でも、秋山図はやはり無事だったのです。のみならず私も面・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・その床の間の両側へみな、向いあって、すわっていた。上座は師匠の紫暁で、次が中洲の大将、それから小川の旦那と順を追って右が殿方、左が婦人方とわかれている。その右の列の末座にすわっているのがこのうちの隠居であった。 隠居は房さんと云って、一・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・場主はやがて帳場を伴につれて厚い外套を着てやって来た。上座に坐ると勿体らしく神社の方を向いて柏手を打って黙拝をしてから、居合わせてる者らには半分も解らないような事をしたり顔にいい聞かした。小作者らはけげんな顔をしながらも、場主の言葉が途切れ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・欣弥、不器用に慌しく座蒲団を直して、下座に来り、無理に白糸を上座に直し、膝を正し、きちんと手をつく。欣弥 一別以来、三年、一千有余日、欣弥、身体、髪膚、食あり生命あるも、一にもって、貴女の御恩……白糸 (耳にも入撫子 (・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・そうしてその犠牲者は、妙なもので、必ず上座に坐っている。それから、これもきまったように、美男子である。そうして、きっと、おしゃれである。扇子を袴のうしろに差して来る人もある。まさか、戸石君は、扇子を袴のうしろに差して来たりなんかはしなかった・・・ 太宰治 「散華」
・・・凡てその所作は人に見られん為にするなり、即ちその経札を幅ひろくし、衣の総を大きくし、饗宴の上席、会堂の上座、市場にての敬礼、また人にラビと呼ばるることを好む。されど汝らはラビの称を受くな。また、導師の称を受くな。 禍害なるかな、偽善なる・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・または「ロッ」上座の義かもしれぬ。この地名は大抵河の畔にあるから。また朝鮮で「ナル」は山であるがこれであるかもしれない。御畳瀬 「ピパ」牡蠣の種類。「シ」は在所。「セッ」巣。北海道に地名ビバウシがある、バチェラーはやはり「貝のある所」と・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・と上座に当る椅子を進めた。 はあ、と云って立って居るのでもう一度同じ言葉を繰返すと、その青年は、ひどく心得た調子で「まあどうぞ其方へおかけ下さい」と、まるで自分が主人ででもあるような口調で私に、彼にすすめる椅子を進めた。・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・「拾われて参ってから三年ほど立ちましたとき、食堂で上座の像に香を上げたり、燈明を上げたり、そのほか供えものをさせたりいたしましたそうでございます。そのうちある日上座の像に食事を供えておいて、自分が向き合って一しょに食べているのを見つけら・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・人の上座に据えられたって困りもしないが、下座に据えられたって困りもしません。 こう云う心持は愚痴とか厭味とか云う詞の概念とは大へんに違っていると信じています。いつか私は西洋にある詞で、日本に無い詞がある、随ってそういう概念があちらにあっ・・・ 森鴎外 「Resignation の説」
出典:青空文庫