・・・「ある時石川郡市川村の青田へ丹頂の鶴群れ下れるよし、御鳥見役より御鷹部屋へ御注進になり、若年寄より直接言上に及びければ、上様には御満悦に思召され、翌朝卯の刻御供揃い相済み、市川村へ御成りあり。鷹には公儀より御拝領の富士司の大逸物を始め、・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・「先日、お母上様のお言いつけにより、お正月用の餅と塩引、一包、キウリ一樽お送り申し上げましたところ、御手紙に依れば、キウリ不着の趣き御手数ながら御地停車場を御調べ申し御返事願上候、以上は奥様へ御申伝え下されたく、以下、二三言、私、明けて・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・叔父上様。」 月日。「謹啓。文学の道あせる事無用と確信致し居る者に候。空を見、雑念せず。陽と遊び、短慮せず。健康第一と愚考致し候。ゆるゆる御精進おたのみ申し上候。昨日は又、創作、『ほっとした話』一篇、御恵送被下厚く御礼申上候。来・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・と遠慮のない乳母はあんまりずけずけした事を云うので娘は袖を引いて、「マアそんな事を云うものではありませんよ。上様だって『この方は近頃の女に似合わないかたい心を持っていらっしゃるたのもしい人だ。私の奥さんにしても恥しくない方だ』なんて・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・御臨終の砌、嫡子六丸殿御幼少なれば、大国の領主たらんこと覚束なく思召され、領地御返上なされたき由、上様へ申上げられ候処、泰勝院殿以来の忠勤を思召され、七歳の六丸殿へ本領安堵仰附けられ候。 某は当時退隠相願い、隈本を引払い、当地へ罷越候え・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・尚々精次郎夫婦よりも宜しく可申上様申出候。先日石崎に申附候亀甲万一樽もはや相届き候事と存じ候。 読んでしまった大野は、竹が机の傍へ出して置いた雪洞に火を附けて、それを持って、ランプを吹き消して起った。これから独寝の冷たい床に這入って・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫