・・・ とばかりで、上目でじろりとお立合を見て、黙然として澄まし返る。 容体がさも、ものありげで、鶴の一声という趣。もがき騒いで呼立てない、非凡の見識おのずから顕れて、裡の面白さが思遣られる。 うかうかと入って見ると、こはいかに、と驚・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・と見えまして、白襟で小紋のお召を二枚も襲ねていらっしゃいまして、早口で弁舌の爽な、ちょこまかにあれこれあれこれ、始終小刻に体を動かし通し、気の働のあらっしゃるのは格別でございます、旦那様。」と上目づかい。 判事は黙ってうなずいた。 ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 隣の大将が食卓でオール・ドゥーヴルを取ってから上目で給仕の女中の顔をじろりと見る、あの挙動もやはり「生きてはたらきかける」ものをもっている。 生きているというのはつまり自然の真の一相の示揚された表情があるということであろう。こうい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
木枯らしの夜おそく神保町を歩いていたら、版画と額縁を並べた露店の片すみに立てかけた一枚の彩色石版が目についた。青衣の西洋少女が合掌して上目に聖母像を見守る半身像である。これを見ると同時にある古いなつかしい記憶が一時に火をつ・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・と聞いたら上目に自分の顔をにらむようにしてただ一言「スプロマニーン」と答えた――ようであった。しかしこれは自分の問いに答えたのか、別の事を言ったのだかよくわからなかった。ただこの尻上がりに発音した奇妙な言葉が強く耳の底に刻みつけられた。こん・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・私は口をきこうとして近づくと上目を一寸つかって走りぬけて行ってしまった。私はあの恐しげな父親は私と同じ娘をこんなにいじけさしてしまったと思うと泣きたくなるほどうらめしかった。三月二十八日三度目にお清に会って・・・ 宮本百合子 「同じ娘でも」
・・・ それからすっかり声を落して上目で見ながら迫る様な調子で云った。 そんな時にはね、 心に浮む事をお祈りの文句を誦す様にとなえるんですよ、 手を胸に組んでね、 ひざまずいて美くしい太陽の光の中でね、 私の心の満足す・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・其の男はぬけ出した彼の女の魂の又もどって来て自分を思い出して呉れるまではどうしてもしかたがない――とあきらめた様に女の様子を上目で見守って居た。男は彼の女があんまり思い切った様子をするのが見て居られなくって旅に出かけた。その時も女は一寸ふり・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫