・・・僕は人並みにリュック・サックを背負い、あの上高地の温泉宿から穂高山へ登ろうとしました。穂高山へ登るのには御承知のとおり梓川をさかのぼるほかはありません。僕は前に穂高山はもちろん、槍ヶ岳にも登っていましたから、朝霧の下りた梓川の谷を案内者もつ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・日本アルプス横断中、一時行方不明になった第一高等学校の生徒三名は七日上高地の温泉へ着した。一行は穂高山と槍ヶ岳との間に途を失い、かつ過日の暴風雨に天幕糧食等を奪われたため、ほとんど死を覚悟していた。然るにどこからか黒犬が一匹、一行のさまよっ・・・ 芥川竜之介 「白」
山好きの友人から上高地行を勧められる度に、自動車が通じるようになったら行くつもりだといって遁げていた。その言質をいよいよ受け出さなければならない時節が到来した。昭和九年九月二十九日の早朝新宿駅中央線プラットフォームへ行って・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
出典:青空文庫