・・・その何番目かの娘のおらいというは神楽坂路考といわれた評判の美人であって、妙齢になって御殿奉公から下がると降るほどの縁談が申込まれた。淡島軽焼の笑名も美人の噂を聞いて申込んだ一人であった。 然るに六十何人の大家族を抱えた榎本は、表面は贅沢・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・しかもこれらのいっさいを一束にしても天秤は俳諧連句のほうへ下がるであろう。 連句はその末流の廃頽期に当たって当時のプチブルジョア的有閑階級の玩弄物となったために、そういうものとしてしか現代人の目には映らないことになった。しかし本来はそれ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・学位のねうちは下がるほど国家の慶事である。紙屑のような論文でも沢山に出るうちには偶にはいいものも出るであろうと思われる。 金を貰って学位を売るのはよくないであろうが、これより幾層倍悪い事があるまじき処に行われている世の中である。しかし、・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・ただそれに対して一つの心配することは、最高水準を下げると同時に最低水準も下がるというのは自然の変異の方則であるから、このユートピアンの努力の結果はつまり人間を次第に類人猿の方向に導くということになるかもしれないということである。 いろい・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・胸につかえていたものが一時に下がるような気がした。昼間見た光景がまさしく主客顛倒したのである。しかしこの昼と夜との二つの光景を見る順序が逆であったら、心持ちはまたおのずからちがったことであろう。批判はやはり「履歴の函数」である。 こんな・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・気圧が急に下がるからだという。つばを飲み込むと直る。ピークで降りるとドンが鳴った。涼しい風が吹いて汗が収まった。頂上の測候所へ行って案内を頼むと水兵が望遠鏡をわきの下へはさんで出て来ていろいろな器械や午砲の装薬まで見せてくれる、一シリングや・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 風雪というものを知らない国があったとする、年中気温が摂氏二十五度を下がる事がなかったとする。それがおおよそ百年に一遍くらいちょっとした吹雪があったとすると、それはその国には非常な天災であって、この災害はおそらく我邦の津浪に劣らぬものと・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・と見るとなんでもないようで実ははなはだしくきつく響いており、「預けたるみそとりにやる向こう河岸」は複雑なようで弱い。「ひたといい出すお袋の事」と上がれば「よもすがら尼の持病を押えける」と下がるのである。……こういうふうに全編を通じて見て行っ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・「肥桶を台にしてぶらりと下がる途端拙はわざと腕をぐにゃりと卸ろしてやりやしたので作蔵君は首を縊り損ってまごまごしておりやす。ここだと思いやしたから急に榎の姿を隠してアハハハハと源兵衛村中へ響くほどな大きな声で笑ったやりやした。すると作蔵・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・長い薄色の毛が、麻を砧で打って柔かにした様にゆるくうねってウィリアムの手から下がる。ウィリアムは髪を見詰めていた視線を茫然とわきへそらす。それが器械的に壁の上へ落ちる。壁の上にかけてある盾の真中で優しいクララの顔が笑っている。去年分れた時の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫