・・・』『なるほどそうだ、』といいながら時田は壁に下げてある小さな水彩画と見比べている。『無論この方がまずいサ。ところがこの絵にはおもしろい話があるからそれで持って来たがこれからまたこれを持って行くところがあるのだ。』 時田は起ち上が・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・三等症のように見下げられた。ポケットから二三枚の二ツに折った葉書と共に、写真を引っぱり出した時、伍長は、「この写真を何と云って呉れたい?」とへへら笑うように云った。「何も云いやしません。」「こいつにでもなか/\金を入れとるだろう・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ここの細君は今はもう暗雲を一掃されてしまって、そこは女だ、ただもう喜びと安心とを心配の代りに得て、大風の吹いた後の心持で、主客の間の茶盆の位置をちょっと直しながら、軽く頭を下げて、「イエもう、業の上の工夫に惚げていたと解りますれば何のこ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 娘が家に帰ってくると、自分たちのしている色んな仕事のことを話してきかせて、「お母さんはケイサツであんなに頭なんか下げなくったっていゝんだ。」といゝました。娘はどうしても運動をやめようとはしません。私もあきらめてしまいました。それから直・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・赤ん坊を竹籠へ入れて、軒へぶらぶら釣り下げて、時々手を挙げて突きながら、網の破れをかがっている女房がある。縁先の蓆に広げた切芋へ、蠅が真っ黒に集って、まるで蠅を干したようになっているのがある。だけれど、初やに聞くというのは、何だか、小母さん・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・しかして頭を下げたなりであとしざりをします。「私こわいママ」 と胸をどきつかせながらむすめが申します。「めぐみ深い在天の神様、私どもをお助けください」 と言って天の一方を見上げながらおかあさんがいのりますと、そこに蝶のような・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・髪の毛をレースのように編んで畳み込み、体の彼方此方に飾りを下げ、スバーの自然の美しさを代なしにするに一生懸命になりました。 スバーの眼は、もう涙で一杯です。泣いて瞼が腫れると大変だと思う母親は、きびしく彼女を叱りました。が、涙は小言など・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・この世に暮して行くからには、どうしても誰かに、ぺこぺこ頭を下げなければいけないのだし、そうして歩一歩、苦労して人を抑えてゆくより他に仕様がないのだ。あの人に一体、何が出来ましょう。なんにも出来やしないのです。私から見れば青二才だ。私がもし居・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・ある時ポルジイはプリュウンという果の干したのをぶら下げていた。それはボスニア産のプリュウン二千俵を買って、それを仲買に四分の一の代価で売り払った時の事である。これ程の大損をさせるプリュウンというものを、好くも見ずに置くのは遺憾だと云って、時・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・レールを挾んで敵の鉄道援護の営舎が五棟ほど立っているが、国旗の翻った兵站本部は、雑沓を重ねて、兵士が黒山のように集まって、長い剣を下げた士官が幾人となく出たり入ったりしている。兵站部の三箇の大釜には火が盛んに燃えて、煙が薄暮の空に濃く靡いて・・・ 田山花袋 「一兵卒」
出典:青空文庫