・・・意欲そのものの善悪、いかに意欲するかでなく何を意欲するかの実質内容につき道徳的判断を下したいのはまたわれわれの今ひとつのやみ難き要請である。この要求からカントの倫理学を修正しようとするものが最近いわゆる実質的価値の倫理学である。『倫理学にお・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・と叔父は、磨りちびてつるつるした縁側に腰を下して、おきのに訊ねた。「あれを今、学校をやめさして、働きに出しても、そんなに銭はとれず、そうすりゃ、あれの代になっても、また一生頭が上がらずに、貧乏たれで暮さにゃならんせに、今、ちいと物入れて・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・そこで源三は川から二三間離れた大きな岩のわずかに裂け開けているその間に身を隠して、見咎められまいと潜んでいると、ちょうど前に我が休んだあたりのところへ腰を下して憩んだらしくて、そして話をしているのは全く叔父で、それに応答えをしているのは平生・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
「モップル」が、「班」組織によって、地域別に工場の中に直接に根を下し、大衆的基礎の上にその拡大強化をはかっている。 ××地区の第××班では、その班会を開くたびに、一人二人とメンバーが殖えて行った。新しいメンバーがはいって・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・失礼と軽く出るに俊雄はただもじもじと箸も取らずお銚子の代り目と出て行く後影を見澄まし洗濯はこの間と怪しげなる薄鼠色の栗のきんとんを一ツ頬張ったるが関の山、梯子段を登り来る足音の早いに驚いてあわてて嚥み下し物平を得ざれば胃の腑の必ず鳴るをこら・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ ウイリイはそれを見て車から百樽の肉を下して投げてやりました。みんなは喜んですぐにけんかをやめてとおしてくれました。 それからまたどんどんいきますと、今度はおおぜいの大男が、これも食べものに飢えて、たった一とかたまりのパンを奪い合っ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・家庭内のどんなささやかな紛争にでも、必ず末弟は、ぬっと顔を出し、たのまれもせぬのに思案深げに審判を下して、これには、母をはじめ一家中、閉口している。いきおい末弟は、一家中から敬遠の形である。末弟には、それが不満でならない。長女は、かれのぶっ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 第十一回目のラウンドで、審判者はTKOの判定を下してベーアの勝利となったが、素人がこの映画を見ただけでは、どちらもまだ何度でも戦えそうに見え、最後に気絶して起きられなくなるようなところはこの映画では見られなかった。 とにかく体力と・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ この声の誰であるかを聞きわけて、唖々子は初めて安心したらしく、砂利の上に荷物を下したが、忽命令するような調子で、「手伝いたまえ。ばかに重い。」「何だ。」「質屋だ。盗み出した。」「そうか。えらい。」とわたしは手を拍った。・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・複雑な特性を簡単に纏める学者の手際と脳力とには敬服しながらも一方においてその迂濶を惜まなければならないような事が彼らの下した定義を見るとよくあります。その弊所をごく分りやすく一口に御話すれば生きたものを故と四角四面の棺の中へ入れてことさらに・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫