・・・この助役さんは貴方へ一週間にいちどずつ、親兄弟にも言わぬ大事のことがらを申し述べて、そうして、四週間に一度ずつ、下女のように、ごみっぽい字で、二、三行かいたお葉書いただき、アルバムのようなものに貼って、来る人、来る人に、たいへんのはしゃぎか・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・細君は日本人で子供が二人、末のはまだほんの赤ん坊であった。下女も置かずに、質素と云うよりはむしろ極めて賤しい暮しをしていた。日本へ来ている外国人には珍しい下等な暮しをしていたが、しかし月給はかなり沢山に取っているという噂であった。日本へ来て・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・それは殆ど毎日のよう、父には晩酌囲碁のお相手、私には其頃出来た鉄道馬車の絵なぞをかき、母には又、海老蔵や田之助の話をして、夜も更渡るまでの長尻に下女を泣かした父が役所の下役、内證で金貸をもして居る属官である。父はこの淀井を伴い、田崎が先に提・・・ 永井荷風 「狐」
・・・両人がここに引き越したのは千八百三十四年の六月十日で、引越の途中に下女の持っていたカナリヤが籠の中で囀ったという事まで知れている。夫人がこの家を撰んだのは大に気に入ったものかほかに相当なのがなくてやむをえなんだのか、いずれにもせよこの煙突の・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ 下女下男を多く召使うとも、婦人たる者は万事自から勤め、舅姑の為めに衣を縫い食を調え、夫に仕えて衣を畳み席を掃き、子を育て汚を洗い、常に家の内に居て猥りに外に出ず可らずと言う。婦人多忙なりと言う可し。果して一人の力に叶う事か叶わ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・出て来たのは三十歳ばかりの下女で、人を馬鹿にしたような顔をして客を見ている。「ジネストの奥さんはおいでかね。」 下女は黙って客間の口を指さした。オオビュルナンはそこへ這入った。室内装飾は有りふれた現代式である。白地に文様のある紙で壁・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・或夜夕飯も過ぎて後、宿屋の下女にまだ御所柿は食えまいかというと、もうありますという。余は国を出てから十年ほどの間御所柿を食った事がないので非常に恋しかったから、早速沢山持て来いと命じた。やがて下女は直径一尺五寸もありそうな錦手の大丼鉢に山の・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・「まちがえたんだ。下女が風邪でも引いてまちがえて入れたんだ。」 二人は扉をあけて中にはいりました。 扉の裏側には、大きな字で斯う書いてありました。「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。 もうこれ・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・結局のことは当座の端した金ではどうにもならんし、そうやって御子息もあってみれば、何とか法をつけて、安定な生活――已を得ずんば下女奉公か別荘番をしてなり、定った独立の収入のある生活をして、一通りの教育をも与えてやんなさらないと、後悔の及ばない・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ 極澹泊な独身生活をしている主人は、下女の竹に饂飩の玉を買って来させて、台所で煮させて、二人に酒を出した。この家では茶を煮るときは、名物の鶴の子より旨いというので、焼芋を買わせる。常磐橋の辻から、京町へ曲がる角に釜を据えて、手拭を被った・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫