序山吹の花の、わけて白く咲きたる、小雨の葉の色も、ゆあみしたる美しき女の、眉あおき風情に似ずやとて、――時 現代。所 修善寺温泉の裏路。同、下田街道へ捷径の山中。人 島津正洋画家。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ 四 金之助の泊っているのは霊岸島の下田屋という船宿で。しかしこの船宿は、かの待合同様な遊船宿のそれではない、清国の津々浦々から上って来る和船帆前船の品川前から大川口へ碇泊して船頭船子をお客にしている船乗りの旅宿で、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・熱海で、伊東行の汽車に乗りかえ、伊東から下田行のバスに乗り、伊豆半島の東海岸に沿うて三時間、バスにゆられて南下し、その戸数三十の見る影も無い山村に降り立った。ここなら、一泊三円を越えることは無かろうと思った。憂鬱堪えがたいばかりの粗末な、小・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ 水が来なくなって下田の代掻ができなくなってから今日で恰度十二日雨が降らない。いったいそらがどう変ったのだろう。あんな旱魃の二年続いた記録が無いと測候所が云ったのにこれで三年続くわけでないか。大堰の水もまるで四寸ぐらいしかない。夕方にな・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ ゴーゴリ的会の内情主事 古知事知事の年俸五千円今はあっちこっちで七千円近くとる、竹内 女房子は故郷に置き下田の男妾、実践を見当にして居る。授産所の村井ともう一人の女を関係して居る。そのことを、男・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・午後散歩。下田街道を天城へ向って村落を通って見、此処の正月のひっそり閑として居るのは落合楼に限ったことでないのを知った。松林が尠い土地柄か、どの家にも松飾というものなし。ほんの形ばかりの輪飾が軒、炊事用の清水の出口の樋などにかけてある。目に・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
・・・林は南郷下田村の百姓であったのを、忠利が十人扶持十五石に召し出して、花畑の館の庭方にした。四月二十六日に仏巌寺で切腹した。介錯は仲光半助がした。宮永は二人扶持十石の台所役人で、先代に殉死を願った最初の男であった。四月二十六日に浄照寺で切腹し・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・たとえば、蓮華草この辺にもとさがし来て犀川岸の下田に降りつげんげん田もとめて行けば幾筋も引く水ありて流に映るおほどかに日のてりかげるげんげん田花をつむにもあらず女児らさきだつは姉か蓮華の田に降りてか行きかく行く十歳下三人・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫