・・・ そこでかれこれする間に、ごく下等な女に出会った事がある。私とは正反対に、非常な快活な奴で、鼻唄で世の中を渡ってるような女だった。無論浅薄じゃあるけれども、其処にまた活々とした処がある。私の様に死んじゃ居ない。で、其女の大口開いてアハハ・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・如何に無教育の下等社会だって…………しかし貧民の身になって考て見るとこの窃盗罪の内に多少の正理が包まれて居ない事もない。墓場の鴉の腸を肥すほどの物があるなら墓場の近辺の貧民を賑わしてやるが善いじャないか。貧民いかに正直なりともおのれが飢える・・・ 正岡子規 「墓」
○明治廿八年五月大連湾より帰りの船の中で、何だか労れたようであったから下等室で寝て居たらば、鱶が居る、早く来いと我名を呼ぶ者があるので、はね起きて急ぎ甲板へ上った。甲板に上り著くと同時に痰が出たから船端の水の流れて居る処へ何心なく吐くと・・・ 正岡子規 「病」
・・・「どうもきみたちのうたは下等じゃ。君子のきくべきものではない。」 ふくろうの大将はへんな顔をしてしまいました。すると赤と白の綬をかけたふくろうの副官が笑って云いました。「まあ、こんやはあんまり怒らないようにいたしましょう。うたも・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・「なるほど。」貝の火兄弟商会の鼻の赤いその支配人はこくっと息を呑みながら大学士の手もとを見つめている。大学士はごく無雑作に背嚢をあけて逆さにした。下等な玻璃蛋白石が三十ばかりころげだす。「先生、困るじ・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ みじかい袂に、袂糞と一緒くたに塩豆を入れたりして居る下等な姑から、こんな小言はききたくないと云う様な気にはなっても、気の弱い、パキパキ物の云えないお君は、只悲しそうな顔をして、頭をゆすったり夜着を引きあげたりするばかりであった。 ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 男性の中にも、下等な心情の人はある。従って、下等な心情の作家もあり得る。そこ許りを見て、私共にはあんな事を云いながら、とは云うべきでないだろう。 人類の文化の進展は、未来に私共の心も躍るような光明を予想させる。従って、自分は自分等・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・また車丁等には、上、中、下等の客というこころなくして、彼は洋服きたれば、定めてありがたき官員ならん、此は草鞋はきたれば、定めていやしき農夫ならんという想像のみあるように見うけたり。上等、中等の室に入りて、切符しらぶるにも、洋服きたる人とその・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・「どうもお前はこの上もない下等な人間だな。たった一人の子を打ちに、ここからわざわざ帰って行く奴があるか。」 ツァウォツキイは黙っていた。それでも押丁がまた小刀を胸に挿してやった時は、溜息を衝いた。 押丁はツァウォツキイの肩を掴んで、・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・燈火は下等の蜜蝋で作られた一里一寸の松明の小さいのだからあたりどころか、燈火を中心として半径が二尺ほどへだたッたところには一切闇が行きわたッているが、しかし容貌は水際だッているだけに十分若い人と見える。年ごろはたしかに知れないが眼鼻や口の権・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫