・・・ 小浅間への登りは思いのほか楽ではあったが、それでも中腹までひといきに登ったら呼吸が苦しくなり、妙に下腹が引きつって、おまけに前頭部が時々ずきずき痛むような気がしたので、しばらく道ばたに腰をおろして休息した。そうしてかくしのキャラメルを・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
○ 曇って風もないのに、寒さは富士おろしの烈しく吹きあれる日よりもなお更身にしみ、火燵にあたっていながらも、下腹がしくしく痛むというような日が、一日も二日もつづくと、きまってその日の夕方近くから、待設けていた小雪・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・よなのしずくは、碌さんの下腹まで浸み透る。 毒々しい黒煙りが長い渦を七巻まいて、むくりと空を突く途端に、碌さんの踏む足の底が、地震のように撼いたと思った。あとは、山鳴りが比較的静まった。すると地面の下の方で、「おおおい」と呼ぶ声がす・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・羊の皮を下腹に巻きつけたMR《ミスター》・ジョンブルの祖先が野蛮なる青春の歓喜に満ちてそれを追っかけ、拾い、また丘のかなたへ叫びながら投げかえした。木の枝で打ち飛ばした。木の枝の切端は専門家がそれについて数頁の説明を費すであろう現在のゴルフ・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・お互いに愛想のつきるような電車に乗ってつとめへ往復して、粉ばかり食べて下腹がみにくくつき出る日本の今の若い人達が、こういう雑誌の絵にみとれているのを見ると、新円稼ぎの雑誌屋共を憎らしく思います。もう少し親切に少しは本当の“おしゃれ”の役にで・・・ 宮本百合子 「若人の要求」
出典:青空文庫