・・・ 東京駅下車。ことしの春、よその会社と野球の試合をして、勝って、その時、上役に連れられて、日本橋の「さくら」という待合に行き、スズメという鶴よりも二つ三つ年上の芸者にもてた。それから、飲食店閉鎖の命令の出る直前に、もういちど、上役のお供・・・ 太宰治 「犯人」
・・・そして下車する時にうっかり間違えて鋏を入れないのを二、三枚交ぜて切って渡したらしい。それで手許にはそれだけ鋏の入ったのが残っていた訳である。そうとも知らず次に乗車した時にうっかり切符を渡すとこれは鋏が入っていますよと注意されてはなはだきまり・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 清水で下車して研究所の仲間と一緒になり、新聞で真先に紹介された岸壁破壊の跡を見に行った。途中ところどころ家の柱のゆがんだのや壁の落ちたのが眼についた。木造二階家の玄関だけを石造にしたようなのが、木造部は平気であるのに、それにただそっと・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・このいやな老人はまもなく下車する。取って代わって派手な制服を着た男が日本に対するお世辞のような事をいうから、こっちも答礼としてドイツの科学のすぐれている点をあげてやった。服装で軍人かと思ったらフルダの市吏員であった。おりる時に握手して、機会・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・その影響は単にその場限りでなくて、下車した後の数時間後までも継続する。それで近年難儀な慢性の病気にかかって以来、私は満員電車には乗らない事に、すいた電車にばかり乗る事に決めて、それを実行している。 必ずすいた電車に乗るために採るべき方法・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・大勢が下車するその場の騒ぎに引入れられて何心もなく席を立ったが、すると車掌は自分が要求もせぬのに深川行の乗換切符を渡してくれた。 人家の屋根に日を遮られた往来には海老色に塗り立てた電車が二、三町も長く続いている。茅場町の通りから斜めにさ・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ 或る日私は、軽便鉄道を途中で下車し、徒歩でU町の方へ歩いて行った。それは見晴しの好い峠の山道を、ひとりでゆっくり歩きたかったからであった。道は軌道に沿いながら、林の中の不規則な小径を通った。所々に秋草の花が咲き、赫土の肌が光り、伐られ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・モスクワでウラジヴォストクまでの切符を買う時ノヴォシビリスクで途中下車をするようにしようかとまで思ったところだ。新シベリアの生産と文化の中軸だ。真夜中で〇・一五度では何とも仕方ない。車室の窓のブラインドをあげ、毛布にくるまってのぞいていたら・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・雷門で下車。仲店の角をつっきるとき私は出会頭、大きな赤い水瓜みたいなものをハンドルに吊下げて動き出した自転車とぶつかりそうになった。破れる、と思わず瞬間ぎょっとしあわてて避けたはずみに見ると、それは水瓜ではなく、子供の遊戯に使う大きな赤革の・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ 初め、調査部にひまな人がいたらやらせてくれないか、よし、それを宍が、五円ぐらい貰えると思い、じゃと湯にたのむ、月給が半年なくて丸ビルにいるつとめ人の心理 三等の旅費が出る、○「途中下車も出来ますしね この間静岡へ行っ・・・ 宮本百合子 「SISIDO」
出典:青空文庫