・・・三木は不在であったが、小さく太った老母がいた。家賃三十円くらいの、まだ新しい二階建の家である。さちよが、名前を言うと、おお、と古雅に合点して、お噂、朝太郎から承って居ります、何やら、会があるとかで、ひるから出かけて居りますが、もう、そろそろ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ プレヴォーの「不在」という端物の書き出しには、パリーのある雑誌に寄稿の安受け合いをしたため、ドイツのさる避暑地へ下りて、そこの宿屋の机かなにかの上で、しきりに構想に悩みながら、なにか種はないかというふうに、机のひきだしをいちいちあけて・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ 一日越えて、余が答礼に行った時は、不在で逢えなかった。見送りにはつい行かなかった。長谷川君とは、それきり逢えない事になってしまった。露都在留中ただ一枚の端書をくれた事がある。それには、弱い話だがこっちの寒さには敵わないとあった。余はそ・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・まず門を入ったら胸騒ぎがしたとか、格子を開ける時にベルが鳴ってますます驚いたとか、頼むと案内を乞うておきながら取次に出て来た下女が不在だと言ってくれればよかったと沓脱の前で感じたとか、それが御宅ですという一言で急に帰りたい心持に変化したとか・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・一九二九年の十二月、ヨーロッパの諸国からソヴェトへ帰って来たとき、五ヵ年計画の第一年めがはじまっていて、僅か八ヵ月足らずの不在の間に、モスクワ生活そのものが全面的に変化していたことは、作者に震撼的な感銘を与えた。五ヵ年計画はソヴェト人民にと・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・須井一の『綿』、小林多喜二の『不在地主』『沼尻村』、金親清の『旱魃』などの歴史的意義をもつ農村小説でも規模が違うから比較すべきでないが、これほど芸術的な力は見せなかった。」といい「プロレタリア文学においても現在の中心問題となっている」のは「・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
・・・「蟹工船」「不在地主」徳永直の「太陽のない街」村山知義の「暴力団記」「東洋車輌工場」その他多くの新しい文学作品が現れた。中野重治の「蝶番い」「根」「鉄の話」黒島伝治の「橇」その他、これらの作品はそれぞれ歴史的な意味を持った。当時のこの文学運・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 藤原時代の栄華の土台をなした荘園制度――不在地主の経済均衡が崩れて、領地の直接の支配者をしていた地頭とか荘園の主とかいうものが土地争いを始めた。その争いに今ならば暴力団のような形でやとわれた武士が土地の豪族の勢力と結んで擡頭して来て不・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・が書かれ、「不在地主」「工場細胞」「オルグ」「独房」「転形期の人々」「沼尻村」と精力的に作品が送り出されたが、我々が特別注目し又感歎するのは、同志小林多喜二が一つの作品から一つの作品へと常に前進しつづけたプロレタリア作家としての努力、覚悟に・・・ 宮本百合子 「同志小林多喜二の業績」
・・・「蟹工船」「不在地主」「工場細胞」「オルグ」「沼尻村」その他最近の「党生活者」「地区の人々」に至るまで精力的に発表された諸作品は、どれをとっても、それぞれの時期におけるプロレタリアートの課題を自身の課題として反映したものであり、何かの意味で・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価に寄せて」
出典:青空文庫