・・・御部屋の中には皮籠ばかりか、廚子もあれば机もある、――皮籠は都を御立ちの時から、御持ちになっていたのですが、廚子や机はこの島の土人が、不束ながらも御拵え申した、琉球赤木とかの細工だそうです。その廚子の上には経文と一しょに、阿弥陀如来の尊像が・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・とにかく商売だって商売道と申します。不束ながらそれだけの道は尽くしたつもりでございますが、それを信じていただけなければお話には継ぎ穂の出ようがありませんです。……じゃ早田君、君のことは十分申し上げておいたから、これからこちらの人になって一つ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・曰く、不束なる女ども、猥に卿等の栄顧を被る、真に不思議なる御縁の段、祝着に存ずるものなり。就ては、某の日、あたかも黄道吉辰なれば、揃って方々を婿君にお迎え申すと云う。汗冷たくして独りずつ夢さむ。明くるを待ちて、相見て口を合わするに、三人符を・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・略儀ながら不束な田舎料理の庖丁をお目に掛けまする。」と、ひたりと直って真魚箸を構えた。 ――釵は鯉の腹を光って出た。――竜宮へ往来した釵の玉の鸚鵡である。「太夫様――太夫様。」 ものを言おうも知れない。―― とばかりで、二声・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・祖師のお像でござりますが、喜撰法師のように見えます処が、業の至りませぬ、不束ゆえで。」 と、淳朴な仏師が、やや吶って口重く、まじりと言う。 しかしこれは、工人の器量を試みようとして、棚の壇に飾った仏体に対して試に聞いたのではない。も・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・「いえ、当家の料理人にございますが、至って不束でございまして。……それに、かような山家辺鄙で、一向お口に合いますものもございませんで。」「とんでもないこと。」「つきまして、……ただいま、女どもまでおっしゃりつけでございましたが、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・何にも知らない不束なものですから、余所の女中に虐められたり、毛色の変った見世物だと、邸町の犬に吠えられましたら、せめて、貴女方が御贔屓に、私を庇って下さいな、後生ですわ、ええ。その 私どうしたら可いでしょう――こんなもの、掃溜へ打棄って・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・はじめは、我身の不束ばかりと、怨めしいも、口惜いも、ただ謹でいましたが、一年二年と経ちますうちに、よくその心が解りました。――夫をはじめ、――私の身につきました、……実家で預ります財産に、目をつけているのです。いまは月々のその利分で、……そ・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ いや、余事を申上げまして恐入りますが、唯今私が不束に演じまするお話の中頃に、山中孤家の怪しい婦人が、ちちんぷいぷい御代の御宝と唱えて蝙蝠の印を結ぶ処がありますから、ちょっと申上げておくのであります。 さてこれは小宮山良介という学生・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・省作はその不束を咎むる思いより、不愍に思う心の方が強い。おとよの心には多少の疑念があるだけ、直ちにおはまに同情はしないものの、真に悲しいおはまの泣き音に動かされずにはいられない。仕方がないから、佐倉へ降りる。 奥深い旅宿の一室を借りて三・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
出典:青空文庫