・・・それが実質的、現実的、社会的であってカントの倫理学の形式主義、先験主義、自律主義に不満なのはもとよりそのところである。 フォイエルバッハはヘーゲルからエンゲルスの橋渡しとして、ヘーゲルの弁証法を唯物弁証法に媒介した意味で科学的社会主義の・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 中隊長は、不満げに、彼を睨んだ。「も一度。そんな捧げ銃があるか!」その眼は、そう云っているようだった。 松木は、息切れがして、暫らくものを云うことが出来なかった。鼻孔から、喉頭が、マラソン競走をしたあとのように、乾燥し、硬ばりつい・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 彼はロシアの娘が自分をアメリカの兵卒と同じ階級としか考えず、同じようにしか持てなさないのが不満で仕様がなかった。同様にしか持てなさないのは、彼にとっては、階級を無視して、より下に扱っていることだ。娘をメリケン兵に横取りされる危惧もそこ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・夫が妻に対して随分強い不満を抱くことも有り、妻が夫に対して口惜しい厭な思をすることもある。その最も甚しい時に、自分は悪い癖で、女だてらに、少しガサツなところの有る性分か知らぬが、ツイ荒い物言いもするが、夫はいよいよ怒るとなると、勘高い声で人・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 何かしら常に不満で、常にひとりぼっちで、自分のことしか考えないような顔つきをしている三郎が、そんな鶯のまねなぞを思いついて、寂しい少年の日をわずかに慰めているのか。そう思うと、私はこの子供を笑えなかった。「かあさんさえ達者でいたら・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・末弟には、それが不満でならない。長女は、かれのぶっとふくれた不気嫌の顔を見かねて、ひとりでは大人になった気でいても、誰も大人と見ぬぞかなしき、という和歌を一首つくって末弟に与え、かれの在野遺賢の無聊をなぐさめてやった。顔が熊の子のようで、愛・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 私には不満だった。 第三巻 この巻には、井伏さんの所謂円熟の、悠々たる筆致の作品三つを集めてみた。 どの作品に於ても、読者は、充分にたんのうできる筈である。 例によって、個々の作品の批評がましいことは避・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・にはなんとなく諧調の統整といったようなものが足りなくて、違った畑のものが交じっているような気がしたが、今度のはそういう不満はあまり感じさせられない。ただ職工の釣りをたれているところと、その次の野外舞踊の場面だけが少ししっくりしかねるように思・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ただ一つはなはだしく不満に思われたのは、せっかくの実写に対する説明の言葉が妙に気取り過ぎていて、自分らのような観客にとっていちばん肝心の現実的な解説が省かれていることであった。たとえば場面が一転して、海上から見た島山の美しい景色が映写された・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・そして若い時から兄夫婦に育てられていた義姉の姪に桂三郎という養子を迎えたからという断わりのあったときにも、私は別に何らの不満を感じなかった。義姉自身の意志が多くそれに働いていたということは、多少不快に思われないことはないにしても、義姉自身の・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫