・・・ 通訳が腹巻を受けとる時、その白木綿に体温のあるのが、何だか不潔に感じられた。腹巻の中には三寸ばかりの、太い針がはいっていた。旅団参謀は窓明りに、何度もその針を検べて見た。が、それも平たい頭に、梅花の模様がついているほか、何も変った所は・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・それから彼女の服装が不潔なのもやはり不快だった。最後にその二等と三等との区別さえも弁えない愚鈍な心が腹立たしかった。だから巻煙草に火をつけた私は、一つにはこの小娘の存在を忘れたいと云う心もちもあって、今度はポッケットの夕刊を漫然と膝の上へひ・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・また或る人たちが下司な河岸遊びをしたり、或る人が三ツ蒲団の上で新聞小説を書いて得意になって相方の女に読んで聞かせたり、また或る大家が吉原は何となく不潔なような気がするといいつつも折々それとなく誘いの謎を掛けたり、また或る有名な大家が細君にで・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・もっとも、潔癖症やプチブル趣味の人たちは銭湯は不潔だというだろう。綺麗好きが銭湯好きにはならないと笑うだろう。つまり彼の銭湯好きは銭湯が庶民的だからだと、言い直した方がよさそうだ。浮世風呂としての銭湯を愛しているのかも知れない。ところが、そ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・とは不潔ないいわけであった。若さのない作品しか書けぬ自分を時代のせいにし、ジェネレーションの罪にするのは卑怯だぞと、私は狼狽してコップを口に当てたが、泡は残った。 しかし海老原は一息に飲み乾して、その飲みっぷりの良さは小説は書かず批評だ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・物忘れする子なりともいい、白痴なりともいい、不潔なりともいい、盗すともいう、口実はさまざまなれどこの童を乞食の境に落としつくし人情の世界のそとに葬りし結果はひとつなりき。 戯れにいろは教うればいろはを覚え、戯れに読本教うればその一節二節・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ 天井は低く畳は黒く、窓は西に一間の中窓がある計り東のは真実の呼吸ぬかしという丈けで、室のうち何処となく陰鬱で不潔で、とても人の住むべき処でない。 簿記函と書た長方形の箱が鼠入らずの代をしている、其上に二合入の醤油徳利と石油の鑵とが・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・結婚前に遊戯恋愛や、情事をつみ重ねようとすることは実に不潔な、神聖感の欠けた心理といわねばならぬ。不潔なもの、散文的なもの、いかがわしいものはすべて壮年期に押しやって、その青春の庭をできるだけ浄く保たねばならぬ。そしてともかくその庭で神聖な・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・鰌髭をはやし、不潔な陋屋の臭いが肉体にしみこんでいる。垢に汚れた老人だ。通訳が、何か、朝鮮語で云って、手を動かした。腰掛に坐れと云っていることが傍にいる彼に分った。だが鮮人は、飴のように、上半身をねち/\動かして、坐ろうとしなかった。「・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ お菜は、ふのような乾物類ばかりで、たまにあてがわれる肉類は、罐詰の肉ときている彼等は、不潔なキタない豚からまッさきにクン/\した生肉の匂いと、味わいを想像した。そして、すぐ、愉快な遊びを計画した。 五分間も経った頃、六七名の兵士た・・・ 黒島伝治 「前哨」
出典:青空文庫