・・・ 場内の通風はあまり良好でないのか、傍聴席の空気は甚だ不純なようであった。 傍聴者は、みんな非常に真面目に黙って一心に下を覗き込んでいた。そういう人達の顔を見ると、下にはかなり真面目な重大な事柄が進行しているという事が分るような気が・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・動機がお互いに不純だから、とうていうまくゆくまい」「さあ、そうでしょうかね」姉は太息をついていた。「ふみ江さんも人の言うことを肯かんからいけない。何でも皆んなに相談してやるようにしなさい。お父さんがいないんだから、そのつもりでもっと・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・人間は完全なものでない、初めは無論、いつまで行っても不純であると、事実の観察に本いた主義を標榜したと云っては間違になるが、自然の成行を逆に点検して四十四年の道徳界を貫いている潮流を一句につづめて見るとこの主義にほかならんように思われるから、・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・彼のそう云うことに対する不純さ。彼がすねて、其那ことをするのを見るに堪えない自分の心持。一方から云うと、彼が得々として善事をしたと思って居られるのが堪らない憎さ。 私達の心持も複雑に且つ恐ろしい関係にあると思う。 私は、有島氏の・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・何か痛ましい、東洋の不純な都会風の陰翳が、くっきり小さい体躯に写し出されて居るのである。 私は、その雀が、何かに怯えて、一散に屋根へ戻った後、猶二掴三掴の粟を庭に撒いた。明日まだ靄のある暁のうち、彼等の仲間は、安心して此処におり、彼那に・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・子供の社会生活や、大人と子供――学校では先生と生徒との間に、どんな鋭い人格的、或は人間的純・不純の直覚があるか、少し頭の問題になると、なおおしまいの見通しは利かなくなる。 もう止めよう。 あの古い藤棚の下では、今も猶、私の耳に空気を・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・そう云う態度に出る者の裡の不純さと、粗雑さとに私は心を悦ばす事は出来ません。其等の欠点を反省して、より純真な、より高い価値を持った動機に依って、常套打破を試みようとする意向と努力とが含まれて居れば、私も、Unconvention の持つ常套・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ あらゆるそういう動機によって、創作のモーティブが不純になる事を畏れて、戯作三昧の主人公のように、成べく、其を耳にしないようにするべきだろうか。又如何に其等が群をなして飛んで来ようと、端然と己を持して居られる丈の自らの力の成育を希うべき・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・私は過去の生活が割合に順調であった為めに、それから享容れた或る純真さはあったかも知れないが、他面に於て前に述べた伝統から享容れた欠点のある事も否めない事実であるから、これからは一切の不純な気持、身に附き添った色々なこだわりから離脱し、創作境・・・ 宮本百合子 「女流作家として私は何を求むるか」
・・・けれども、その愛が不純であり、無智であり、近眼であったからこそ、こういう失敗は来たされた。それは否定出来ない。「それなら、ほんとの愛情、ほんとの愛情に到達する段階は何か」 第一頁に書かれた、その文句と向い合いながら、彼女は、・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫