・・・それに比べて見ると、そこらに立っている婦人の衣服の人工的色彩は、なんとなくこせこせした不調和な継ぎ合わせもののように見えた。こんなものでも半年も戸外につるして雨ざらしにして自然の手にかけたら、少しは落ちついたいい色調になるかもしれないと思っ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・おもしろいものが見られ聞かれてその上に午後の課業が休みになるのだから、文学士と蓄音機との調和不調和などを考える暇はないくらい喜んだに相違ない。その時歓声をあげた生徒の中に無論私も交じっていた。 校長の紹介で講壇に立った文学士は堂々たる風・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・そういう不調和の結合から来るいろいろの苦悩は早くから亮の心を宗教に向かわせた。始めはキリストの教えを通ってついには親鸞の門にはいった。最後にどこまで進んでいたかはわからないが、ただ彼の短い生涯が決してそれほど短いものでなかったという事だけは・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・のであるが、事情を聞いてみると皆仲間の間の個性の融和がつきにくいのに帰因するようである。もっともこれは楽器の音色が合わないのではないが、これも畢竟楽器を通して演奏を色づける演奏者の「音色」の不調和によるとも見られないことはない。同じようなわ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・い色といいまたその汚しい桶といい、凡て何らの修飾をも調理をも出来得るかぎりの人為的技巧を加味せざる天然野生の粗暴が陶器漆器などの食器に盛れている料理の真中に出しゃばって、茲に何ともいえない大胆な意外な不調和を見せている処に、いわゆる雅致と称・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・太功記の色彩などははなはだ不調和極まって見えます。加藤清正が金釦のシャツを着ていましたが、おかしかったですよ。光秀のうちは長屋ですな。あの中にあんな綺麗な着物を着た御嫁さんなんかがいるんだから、もったいない。光秀はなぜ百姓みたように竹槍を製・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・それで彼らのヴィジョンが破れ、悠々たる無限の時間が、非東洋的な現実意識で、俗悪にも不調和に破れてしまった。支那人は馳け廻った。鉄砲や、青竜刀や、朱の総のついた長い槍やが、重吉の周囲を取り囲んだ。「やい。チャンチャン坊主奴!」 重吉は・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
現在の、特に日本の、不調和な社会状態のうちに生活しているわれわれ、殊に、外部的交渉をおおく持つ男性が、心的、物質的に疲労しているということは、否めない一つの事実でしょう。不安定は、一般の経済状態を考えただけで、勤労と休息と・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
・・・ 柔い色のオール・バックの髪や、芸術観賞家らしい眼付が、雑然とした宿屋の周囲と、如何にも不調和に見えたのである。始め、彼はAを思い出さないように見えた。何となく知ろうと努め、一方用心しているように感ぜられ、自分の私かな期待を裏切って、初・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・私は昨夜から泰子の養母になって横にねますが、頭のなかに不調和があるから、泰子の眠りは不安で幾度も目が覚め、泣きます。その度にこちらも起き、この数年来のああちゃんの辛苦がはっきりわかるようです。ああちゃんが心臓を悪くしているのも全くこの泰子の・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫