・・・との間にある、実感の不調和に苦しんだ。そのひと一人一人としての労働者、および作家の成長の過程で、今すぐにもかきたいことは、労働者作家としてストライキを書かないということはあり得ないとされる「書かなければならないこと」と一致しない。ストライキ・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・けれども、それのつかわれかたで、生活の文化の問題としては現実に不調和を来し、結果として不健全をもたらすことにもなる。 私たちの文化への感覚は、自分たちの生活に関して現実的に明晰な判断を持たなければなるまいと思う。音楽が好きとか分るとかい・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・そして、社会の有機的組織は、箇人の種々雑多な箇性に依って構成されるものではあっても、若し自分が比較的安易に、且つ好結果を得ようとするのには、どうしても、其の相互関係に何等の不調和をも起さない程度に、自らの箇性を馴致する事を、意識無意識に必要・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・この弟の何か不調和であった不幸な肉体のなかでは、早すぎる小悪魔が目を覚して、荒れたのだったろう。その小悪魔の嗅覚が、ごくの身近に、やはり目さめている性の異なった同類をかぎつけて、しかも親睦をむすぶすべもない条件を、そんな野蛮さで反撥したので・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・ 老年になろうとする前に、まだ若さがのこって居て、その不調和と、生活に対する執着から苦痛が生じ気分もむらになる。若い女に対して嫉妬深い。普通の女、五十になれば老衰し切るがまだ若いところが多いだけ苦しいのだ。その若さがもがく、然し目的ない・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・ そして、面白いお噺のこの上なく上手な話し手としての名誉と、矜恃とを失った彼女は、渾沌とした頭に、何かの不調和を漠然と感じる十二の子供として、夢と現実の複雑な錯綜のうちに遺されたのである。 一面紫色にかすみわたる黎明の薄光が、いつか・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
二日も降り続いて居た雨が漸う止んで、時候の暑さが又ソロソロと這い出して来た様な日である。 まだ乾き切らない湿気と鈍い日差しが皆の心も体も懶るくさせて、天気に感じ易い私は非常に不調和な気分になって居た。 一日中書斎に・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・そしてそう云っている態度と、読書と云うものとが、この上もない不調和に思われるので、僕はおせっかいながら、傍で聞いていて微笑せざることを得なかった。同時に僕には書見という詞が、極めて滑稽な記憶を呼び醒した。それは昔どこやらで旧俳優のした世話物・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・ しかしここにいう所は文と事との不調和である。文自体においてはなお調和を保つことが努められている。これに反して仮りに古言を引き離して今体文に用いたらどうであろう。極端な例をいえば、これを口語体の文に用いたらどうであろう。 文章を愛好・・・ 森鴎外 「空車」
・・・に達したゆえをもって先生は人生の矛盾不調和から眼をそむけたわけではなかった。先生はますます執拗にその矛盾不調和を凝視しなければならなかった。寂しく悲しく苦しかったに相違ない。 それゆえ先生は「生」を謳歌しなかった。生きている事はいたし方・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫