・・・先日のラジオは、君には聞かせたくないと思い、君に逢ってもその事に就いては一言も申し上げず、ひた隠しに隠していたのですが、なんという不運、君が上野のミルクホオルで偶然にそれを耳にしたという事で、翌日ながながと正面切った感想文を送ってよこしたの・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・また一茶には森羅万象が不運薄幸なる彼の同情者慰藉者であるように見えたのであろうと想像される。 小宮君も注意したように恋の句、ことに下品の恋の句に一面滑稽味を帯びているのがある。これは芭蕉前後を通じて俳諧道に見らるる特異の現象であろう。こ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・道太は宿命的に不運な姉やその子供たちに、面と向かって小言を言うのは忍びなかった。それに弱者や低能者にはそれ相当の理窟と主張があって、それに耳を傾けていれば際限がないのであった。 辰之助もその経緯はよく知っていた。今年の六月、二十日ばかり・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・へと参らざるべからざる不運に際会せり、監督兼教師は○○氏なり、悄然たる余を従えて自転車屋へと飛び込みたる彼はまず女乗の手頃なる奴を撰んでこれがよかろうと云う、その理由いかにと尋ぬるに初学入門の捷径はこれに限るよと降参人と見てとっていやに軽蔑・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・もちろん御聴になる時間ぐらいは損になりますが、そのくらいな損は不運と諦めて辛抱して聴いていただきたい。 昔の道徳と今の道徳と云うものの区別、それからお話をしたいと思いますが――どうも落ちついてやっていられないような気がしてたまらない。そ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・冷やかなる鉄筆に無情の壁を彫ってわが不運と定業とを天地の間に刻みつけたる人は、過去という底なし穴に葬られて、空しき文字のみいつまでも娑婆の光りを見る。彼らは強いて自らを愚弄するにあらずやと怪しまれる。世に反語というがある。白というて黒を意味・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ この不運な母子の一事件は、実に多くのことを考えさせる。日本の民法が、法律上における婦人の無能力を規定している範囲は、何とひろいことだろう。女子は成年に達して、やっと法律上の人格をもつや否や、結婚によって「妻の無能力」に陥ってしまう。婦・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・「私ほど考えれば考えるほど不運な者あありゃしない。親も同胞もない身で、おまけに思いもよらないこんな貧乏するなんて……本当にお前さえいなけりゃまた身の振り方もあろうが。――一ちゃん。しっかりしてくれなけりゃお母さん、何の望みで生きてるのか・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・両親を失ったのは不運ときめて、冷ややかなものです。 ソヴェトの世の中、働くものの世界がくれば、どの子だって生まれたからにはソヴェトの子、働くものの社会の子、です。 仕合わせになるよう、いい働きてとなるよう、国家の力で育てあげる。その・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・「兄弟達にも可愛がられないで不運な子って云うのよ。 腹立たしい様な調子でぶつぶつ祖母は小さい妹の待遇法について不平を云った。「兄弟が多いからでしょう、仕方がありませんよねえ。今度病気がよくなったらこっちでお育てなさる・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
出典:青空文庫