・・・ 戸数五百に足らぬ一筋町の東の外れに石橋あり、それを渡れば商家でもなく百姓家でもない藁葺き屋根の左右両側に建ち並ぶこと一丁ばかり、そこに八幡宮ありて、その鳥居の前からが片側町、三角餅の茶店はこの外れにあるなり。前は青田、青田が尽きて塩浜・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・そこを逃げ出して行く。両側の扉から憲兵が、素早く手を突き出して、掴まえるだろう。彼は、外界から、確然と距てられたところへ連れこまれた。そこには、冷酷な牢獄の感じが、たゞよっていた。「なんでもない。一寸話があるだけだ。来てくれないか。」病院へ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・俺は窓という窓に鉄棒を張った「護送自動車」を想像していた。ところが、クリーム色に塗ったナッシュという自動車のオープンで、それはふさわしくなくハイカラなものだった。俺は両側を二人の特高に挾さまれて、クッションに腰を下した。これは、だが、これま・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・往来の両側には名物うんどん、牛肉、馬肉の旗、それから善光寺詣の講中のビラなどが若葉の頃の風に嬲られていた。ふと、その汽車の時間表と、ビイルや酒の広告と、食物をつくる煙などのゴチャゴチャした中に、高瀬は学士の笑顔を見つけた。 学士は「ウン・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・その手を体の両側に、下へ向けてずっと伸ばしていよいよ下に落ち付いた処で、二つの円い、頭えている拳に固めた。そして小さく刻んだ、しっかりした足取で町を下ってライン河の方へ進んだ。不思議な威力に駆られて、人間の世の狭い処を離れて、滾々として流れ・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ この時自分は、浜の堤の両側に背丈よりも高い枯薄が透間もなく生え続いた中を行く。浪がひたひたと石崖に当る。ほど経て横手からお長が白馬を曳いて上ってきた。何やら丸い物を運ぶのだと手真似で言って、いっしょに行かぬかと言うのである。自分はつい・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・なぜというと、向こうには赤い屋根と旗が見えますし、道の両側には白あじさいと野薔薇が恋でもしているように二つずつならんで植わっていましたから。 むすめもひとりで歩けました。しかして手かごいっぱいに花を摘み入れました。聖ヨハネ祭の夜宮には人・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・一本道の両側に三丁ほど茅葺の家が立ちならんでいるだけであったのである。音楽隊は、村のはずれに出てしまってもあゆみをとめないで、螢の光の曲をくりかえしくりかえし奏しながら菜の花畠のあいだをねってあるいて、それから田植まっさいちゅうの田圃へ出て・・・ 太宰治 「逆行」
・・・この橋の両側だけに人間の香いがするが、そこから六百山の麓に沿うて二十余町の道の両側にはさまざまな喬木が林立している、それが南国生れの自分にはみんな眼新しいものばかりのような気がする。樹名を書いた札のついているのは有難いがなかなか一度見たくら・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・道太は少年のころ、町へおろされたその芝居小屋に、二十軒もの茶屋が、両側に並んで、柿色の暖簾に、造花の桜の出しが軒に懸けつらねられ、観客の子女や、食物を運ぶ男衆が絡繹としていたのを、学校の往復りに見たものであった。延若だの団十郎だの蝦十郎だの・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫