・・・ ○ 千葉街道の道端に茂っている八幡不知の藪の前をあるいて行くと、やがて道をよこぎる一条の細流に出会う。 両側の土手には草の中に野菊や露草がその時節には花をさかせている。流の幅は二間くらいはあるであろう。通る人・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ 細い路を窮屈に両側から仕切る家はことごとく黒い。戸は残りなく鎖されている。ところどころの軒下に大きな小田原提灯が見える。赤くぜんざいとかいてある。人気のない軒下にぜんざいはそもそも何を待ちつつ赤く染まっているのかしらん。春寒の夜を深み・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・冬の相ではない、春の相である、春も初春でもなければ中春でもない、晩春の相である、丁度桜花が爛と咲き乱れて、稍々散り初めようという所だ、遠く霞んだ中空に、美しくおぼろおぼろとした春の月が照っている晩を、両側に桜の植えられた細い長い路を辿るよう・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・ 三橋に出ると驚いた。両側の店は檐のある限り提灯を吊して居る。二階三階の内は二階三階の檐も皆長提灯を透間なく掛けて居る。それでまだ物足らぬと見えて屋根の上から三橋の欄干へ綱を引いてそれに鬼灯提灯を掛けて居るのもある。どうも奇麗だ。何だか・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・と云いながら、カン蛙が急いでちぢめる間もなく、両方から手をとって、自分たちは穴の両側を歩きながら無理にカン蛙を穴の上にひっぱり出しました。するとカン蛙の載った木の葉がガサリと鳴り、カン蛙はふらふらっと一寸ばかりのめり込みました。ブン蛙とベン・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ 恭二と栄蔵とは、お君を中にはさんで、両側に、ねそべりながら、田舎の作物の事だの、養蚕の状況などについて話がはずんだ。 そう云う事に暗い恭二が、熱心に、「そうすると、どうなるんです?」などと、深く深く問うて来るのを、・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・そして車の中の一人の女はしかと両側を握って身体の揺れるのを防いでいる。 ゴーデルヴィルの市場は人畜入り乱れて大雑踏をきわめている。この群集の海の表面に現われ見えるのは牛の角と豪農の高帽と婦人の帽の飾りである。喚ぶ声、叫ぶ声、軋る声、相応・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・診断は僕もお上さんに同意します。両側下顎脱臼です。昨夜脱臼したのなら、直ぐに整復が出来る見込です」「遣って御覧」 花房は佐藤にガアゼを持って来させて、両手の拇指を厚く巻いて、それを口に挿し入れて、下顎を左右二箇所で押えたと思うと、後・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・疏水の両側の角刈にされた枳殻の厚い垣には、黄色な実が成ってその実をもぎ取る手に棘が刺さった。枳殻のまばらな裾から帆をあげた舟の出入する運河の河口が見えたりした。そしてその方向から朝日が昇って来ては帆を染めると、喇叭のひびきが聞えて来た。私は・・・ 横光利一 「洋灯」
・・・そこの街道は何マイルも続いて両側に四重の棕櫚の並み木を持っていた。そこの小家はいずれも惚れ惚れするような編み細工や彫刻で構成せられた芸術品であった。男は象眼のある刃や蛇皮を巻いたの鉄の武器、銅の武器を持たぬはなかった。びろうどや絹のような布・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫