・・・沖の鳥貝を掻く船を指して、どの船も帆を三つずつ横向きにかけている。両端から二本の碇綱を延しているゆえ、帆に風を孕んでも船は動かない。帆が張っているから碇綱は弛まぬ。鳥貝は日に干して俵に詰めるのだなどと言う。浪が畠の下の崖に砕ける。日向がもく・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ろうたけた祖母の白い顔の、額の両端から小さい波がちりちりと起り、顔一めんにその皮膚の波がひろがり、みるみる祖母の顔を皺だらけにしてしまった。人は死に、皺はにわかに生き、うごく。うごきつづけた。皺のいのち。それだけの文章。そろそろと堪えがたい・・・ 太宰治 「玩具」
・・・ただ、唇の両端が怜悧そうに上へめくれあがって、眼の黒く大きいのが取り柄である。姿態について、家人に問うと、「十六では、あれで大きいほうではないでしょうか。」と答えた。また、身なりについては、「いつでも、小ざっぱりしているようじゃございません・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・私たちは、まんなかの皿はそのままにして、両端の皿にそれぞれ箸をつけた。やがてなみなみと酒が充たされたコップも三つ、並べられた。 私は端のコップをとって、ぐいと飲み、「すけてやろうね。」 と、シズエ子ちゃんにだけ聞えるくらいの小さ・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・ 子供の時分にとんぼを捕るのに、細い糸の両端に豌豆大の小石を結び、それをひょいと空中へ投げ上げると、とんぼはその小石をたぶん餌だと思って追っかけて来る。すると糸がうまいぐあいに虫のからだに巻きついて、そうして石の重みで落下して来る。あれ・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ 子供の時分に蜻蛉を捕るのに、細い糸の両端に豌豆大の小石を結び、それをひょいと空中へ投げ上げると、蜻蛉はその小石を多分餌だと思って追っかけて来る。すると糸がうまい工合に虫のからだに巻き付いて、そうして石の重みで落下して来る。あれも参考に・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・すすけた黄褐色の千切り形あるいは分銅形をしたものの、両端にぼんやり青みがかった雲のようなものが見える。ニコルを回転すると、それにつれて、この斑点もぐるぐる回る。自分も学生時代にこれに関する記事を読んでさっそく実験してみたが、なかなか見えない・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・白い柔らかい鶏の羽毛を拇指の頭ぐらいの大きさに束ねてそれに細い篠竹の軸をつけたもので、軸の両端にちょっとした漆の輪がかいてあったような気がする。七夕祭りの祭壇に麻や口紅の小皿といっしょにこのおはぐろ筆を添えて織女にささげたという記憶もある。・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・その数々の線の一つずつには、線の両端に居る人間の過去現在未来の喜怒哀楽、義理人情の電流が脈々と流れている。何と驚くべき空間網ではないか。」 そういえば、それはそうであるが、何故にそれがそれほど有難いかはわれわれにはよくは分らない。これは・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・竿の先の鋏をはずして袋の両端から少しずつ虫を傷つけないように注意しながら切って行った。袋の繊維はなかなか強靱であるので鈍い鋏の刃はしばしば切り損じて上すべりをした。やっと取り出した虫はかなり大きなものであった、紫黒色の肌がはち切れそうに肥っ・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
出典:青空文庫