・・・翁には主人が徹頭徹尾、鑑識に疎いのを隠したさに、胡乱の言を並べるとしか、受け取れなかったからなのです。 翁はそれからしばらくの後、この廃宅同様な張氏の家を辞しました。 が、どうしても忘れられないのは、あの眼も覚めるような秋山図です。・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・が、泰さんもただ言伝てを聞いただけで、どうした訣とも問い質さずに、お島婆さんの家を駈け出したのですから、いくら相手を慰めたくも、好い加減な御座なりを並べるほかは、慰めようがありません。すると新蔵はなおさらの事、別人のように黙りこんで、さっさ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・って、まだ新聞社に出入ったことがないので、一向に様子もわからず、遠慮がち臆病がちに社に入って見ると、どこの受付でも、恐い顔のおじさんが控えているが、ここにも紋切形のおじさんが、何の用だ、と例の紋切形を並べる。その時僕は恐る恐る、実は今御掲載・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・は髪結の祝儀にも足りない、ところを、たといおも湯にしろ両親が口を開けてその日その日の仕送を待つのであるから、一月と纏めてわずかばかりの額ではないので、毎々借越にのみなるのであったが、暖簾名の婦人と肩を並べるほど売れるので、内証で悪い顔もしな・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 婦は澄ましてフッと吹く……カタリ…… はッと頤を引く間も無く、カタカタカタと残らず落ちると、直ぐに、そのへりの赤い筒袖の細い雪で、一ツ一ツ拾って並べる。「堪らんですね、寒いですな、」 と髯を捻った。が、大きに照れた風が見え・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ と言ったのでありまするが、小宮山も人目のある前で枕を並べるのは、気が差して跋も悪うございますから、「まあまあお前さん方。」「さようならば、御免を蒙りまする。伊賀越でおいでなすったお客じゃないから、私が股引穢うても穿いて寝るには・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・満蔵は庭の隅から隅まで、藁シブを敷いてその上に蓆を並べる。これに籾を干すのである。六十枚ほど敷かれる庭ももはや六分通り籾を広げてしまった。 省作は手水鉢へ水を持ってきて、軒口の敷居に腰を掛けつつ片肌脱ぎで、ごしごしごしごし鎌をとぐのであ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・一皿十円も二十円もする果物の皿をずらりと卓に並べるのが毎晩のことで、何をする男かと、あやしまぬものはなかったのである。松本自身鉄工所の一人息子でべつにけちくさい遊び方をした覚えもなく、金づかいが荒いと散々父親にこごとをいわれていたくらいだっ・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・普通の人ならせっかくの日曜をめちゃめちゃにしてしまったと不平を並べるところだが、時田先生、全く無頓着である。机の前に端座して生徒の清書を点検したり、作文を観たり、出席簿を調べたり、倦ぶれた時はごろりとそこに寝ころんで天井をながめたりしている・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 演説会 民政派の演説会には、必ず、政友会の悪口を並べる。政友会の演説会には、反対に民政党の悪口をたゝく。そういう時には、片岡直温のヘマ振りまで引っぱり出して猛烈に攻撃する。 演説会とは、反対派攻撃会である。 そ・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
出典:青空文庫