・・・省作は無頓着で白メレンスの兵児帯が少し新しいくらいだが、おはまは上着は中古でも半襟と帯とは、仕立ておろしと思うようなメレンス友禅の品の悪くないのに卵色の襷を掛けてる。背丈すらっとして色も白い方でちょっとした娘だ。白地の手ぬぐいをかぶった後ろ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・それで日本橋四丁目の五会という古物市場で五円で中古自転車を買った。それから大今里のトキワ会という紙芝居協会へ三円払って絵と道具を借りた。谷町で五十銭の半ズボン、松屋町の飴屋で飴五十銭。残った三銭で芋を買って、それで空腹を満しながら、自転車を・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・俥のはいらぬ路地の中で、三軒長屋の最端がそれである。中古の建物だから、それほど見苦しくはない。上がり口の四畳半が玄関なり茶の間なり長火鉢これに伴なう一式が並べてある。隣が八畳、これが座敷、このほかには台所のそばに薄暗い三畳があるばかり。南向・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・ じいさんはそんなことを云うおしかにかまわず、篩いや、中古の鍬まで世話になった隣近所や、親戚にやってしまった。 老いた家無し猫は、開け放った戸棚に這入って乾し鰯を食っていた。「お、おどれがうま/\と腹をおこしていやがる。」ばあさ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・これぞというべきことはなけれど樹立老いて広前もゆたかに、その名高きほどの尊さは見ゆ。中古の頃この宮居のいと栄えさせたまいしより大宮郷というここの称えも出で来りしなるべく、古くは中村郷といいしとおぼしく、『和名抄』に見えたるそのとなえ今も大宮・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・という語は中古以来行われて、今に存している。増鏡巻五に、太政大臣藤原公相の頭が大きくて大でこで、げほう好みだったので、「げはふとかやまつるにかゝる生頭のいることにて、某のひじりとかや、東山のほとりなりける人取りてけるとて、後に沙汰がましく聞・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・その中には洗い晒した飛白の単衣だの、中古で買求めて来た袴などがある。それでも母が旅の仕度だと言って、根気に洗濯したり、縫い返したりしてくれたものだ。比佐の教えに行く学校には沢山亜米利加人の教師も居て、皆な揃った服装をして出掛けて来る。なにが・・・ 島崎藤村 「足袋」
一 古い伝統の床板を踏み抜いて、落ち込んだやっぱり中古の伝統長屋。今度の借家は少し安普請で、家具は仕入れ。ボールの机にブリキの時計、時計はいつでも三十度くらい傾いて、そして二十五時のところで止ってい・・・ 寺田寅彦 「二科狂想行進曲」
・・・この寂滅あるいは虚無的な色彩が中古のあらゆる文化に滲透しているのは人の知るところである。 しかし本来の風雅の道は決して人を退嬰的にするためのものではなかったと思う。上は摂政関白武将より下は士農工商あらゆる階級の間に行なわれ、これらの人々・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・新しいのや中古の卒塔婆などが、長い病人の臨終を思わせるように瘠せた形相で、立ち並んでいた。松の茂った葉と葉との間から、曇った空が人魂のように丸い空間をのぞかせていた。 安岡は這うようにして進んだ。彼の眼をもしその時だれかが見たなら、その・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
出典:青空文庫