・・・「僕の中学時代の同窓なんだ。」「これはいよいよ穏かじゃない。」 藤井はまた陽気な声を出した。「君は我々が知らない間に、その中学時代の同窓なるものと、花を折り柳に攀じ、――」「莫迦をいえ。僕があの女に会ったのは、大学病院へ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
自分は、大川端に近い町に生まれた。家を出て椎の若葉におおわれた、黒塀の多い横網の小路をぬけると、すぐあの幅の広い川筋の見渡される、百本杭の河岸へ出るのである。幼い時から、中学を卒業するまで、自分はほとんど毎日のように、あの・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・今やどんな僻村へ行っても三人か五人の中学卒業者がいる。そうして彼らの事業は、じつに、父兄の財産を食い減すこととむだ話をすることだけである。 我々青年を囲繞する空気は、今やもうすこしも流動しなくなった。強権の勢力は普く国内に行わたっている・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 省作はからだは大きいけれど、この春中学を終えて今年からの百姓だから、何をしても手回しがのろい。昨日の稲刈りなどは随分みじめなものであった。だれにもかなわない。十四のおはまにも危うく負けるところであった。実は負けたのだ。「省さん、刈・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・来月から千葉の中学へ行くんじゃないか」 民子は年が多いし且は意味あって僕の所へゆくであろうと思われたと気がついたか、非常に愧じ入った様子に、顔真赤にして俯向いている。常は母に少し位小言云われても随分だだをいうのだけれど、この日はただ両手・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・当時の大学は草創時代で、今の中学卒業程度のものを収容した。殊に鴎外は早熟で、年齢を早めて入学したからマダ全くの少年だった。が、少年の筆らしくない該博の識見に驚嘆した読売の編輯局は必ずや世に聞ゆる知名の学者の覆面か、あるいは隠れたる篤学であろ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・かつ中学へ通う小さい弟と一緒に暮していたから自然謹慎していた。緑雨の耽溺方面の消息は余り知らぬから、あるいはその頃から案外コソコソ遊んでいたかも知れないが、左に右く表面は頗る真面目で、目に立つような遊びは一切慎しみ、若い人たちのタワイもない・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・学校を出るのですが、図画、唱歌、手工、こうしたものは自からも好み、天分も、その方にはあるのですが、何にしても、数学、地理、歴史というような、与えられたる事実を記憶したりする学課はてんで駄目で、いまから中学へはいられるか気遣かっています。たと・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・上宮中学の、蔵鷺庵という寺の真向いの路地の二軒目。そして、そこにはもう玉子はいずに、茂子という女が新しい母親になっていて、玉子が残して行ったユキノという私の妹は、新次といっしょに継子になっていました。私はやはり奉公してよかったと思いました。・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・彼は中学入学の予習をしているので、朝も早く、晩日が暮れてから遠い由比ヶ浜の学校から帰ってくるのだった。情愛のない、暗い、むしろ陰惨な世界だった。傷みやすい少年の神経は、私の予想以上に、影響されているようにも思われた。 十一月の下旬だった・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
出典:青空文庫