・・・すでに女を知ってしまった中年のリアリストの恋愛など学生は軽蔑してあわれんでおればいい。それは多くは醜悪なものであり、最もいい場合でも、すでに青春を失ってしまったところの、エスプリなき情事にすぎないからだ。 二 倫理的憧憬と恋・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ が、それはそれでよいとして、年寄でもなく、二才でもなく、金持でもなく、文無しでもない、いわゆる中年中産階級の者でも骨董を好かぬとは限らない。こういう連中は全く盲人というでもなく、さればといって高慢税を進んで沢山納め奉るほどの金も意気も・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ と言っておげんの側へ飛んで来たのは、まがいのない白い制服を着けた中年の看護婦であった。そこまで案内した年とった婦人は、その看護婦におげんを引渡して置いて、玄関の方へ引返して行った。そこの廊下でおげんが見つけるものは、壁でも、柱でも、桟・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ そういう袖子の父さんは鰥で、中年で連れ合いに死に別れた人にあるように、男の手一つでどうにかこうにか袖子たちを大きくしてきた。この父さんは、金之助さんを人形扱いにする袖子のことを笑えなかった。なぜかなら、そういう袖子が、実は父さんの人形・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・ お慶は、品のいい中年の奥さんになっていた。八つの子は、女中のころのお慶によく似た顔をしていて、うすのろらしい濁った眼でぼんやり私を見上げていた。私はかなしく、お慶がまだひとことも言い出さぬうち、逃げるように、海浜へ飛び出した。竹のステ・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・女は、やっぱり駄目なものだ、というのが此の中年の芸術家の動かぬ想念であったのであります。けれども、いま、自身の女房の愚かではあるが、強烈のそれこそ火を吐くほどの恋の主張を、一字一字書き写しているうちに、彼は、これまで全く知らずにいた女の心理・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ここに立っているこの男は、この薄汚い中年の男は、はたしてわたしの義弟であろうか。ねえさん、ねえさんと怜悧に甘えていた、あの痩せぎすの高等学校の生徒であろうか。いやらしい、いやらしい。眼は黄色く濁って、髪は薄く、額は赤黒く野卑にでらでら油光り・・・ 太宰治 「花燭」
・・・芝生の真中で三、四人弁当をひろげて罎詰めの酒を酌んでいる一団がある。中年の商人風の男の中に交じった一人の若い女の紫色に膨れ上がった顔に白粉の斑になっているのが秋の日にすさまじく照らし出されていた。一段降りて河畔の運動場へ出ると、男女学生の一・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・そうしてむしろかえってさんざん道楽をし尽くしたような中年以上のパトロンと辛酸をなめ尽くして来た芸妓との間の淡くして深い情交などにしばしば最も代表的なノルマールな形で実現されたもののようである。 江戸の言葉で粋と言ったのは現代語をもってし・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・山高帽を少し阿弥陀に冠った中年の肥大った男などが大きな葉巻をくわえて車掌台に凭れている姿は、その頃のベルリン風俗画の一景であった。どこかのんびりしたものであったが、日本の電車ではこれが許されない。いつか須田町で乗換えたときに気まぐれに葉巻を・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
出典:青空文庫