・・・円卓のまわりを囲んでいるのは同じ学校の寄宿舎にいた、我々六人の中年者である。場所は日比谷の陶陶亭の二階、時は六月のある雨の夜、――勿論藤井のこういったのは、もうそろそろ我々の顔にも、酔色の見え出した時分である。「僕はそいつを見せつけられ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ と身を横に、蔽うた燈を離れたので、玉ぼやを透かした薄あかりに、くっきり描き出された、上り口の半身は、雲の絶間の青柳見るよう、髪も容もすっきりした中年増。 これはあるじの国許から、五ツになる男の児を伴うて、この度上京、しばらくここに・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 宮奴が仰天した、馬顔の、痩せた、貧相な中年もので、かねて吶であった。「従、従、従、従、従七位、七位様、何、何、何、何事!」 笏で、ぴしゃりと胸を打って、「退りおろうぞ。」 で、虫の死んだ蜘蛛の巣を、巫女の頭に翳したので・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・「何だろう、ここの女中とは思うが、すばらしい中年増だ。」 手を洗って、ガタン、トンと、土間穿の庭下駄を引摺る時、閉めて出た障子が廊下からすッと開いたので、客はもう一度ハッとした。 と小がくれて、その中年増がそこに立つ。「これ・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・――大阪のある芸者――中年増であった――がその色男を尋ねて上京し、行くえが分らないので、しばらく僕の家にいた後、男のいどころが分ったので、おもちゃのような一家を構えたが、つれ添いの病気のため収入の道が絶え、窮したあげくに、この襦袢を僕の家の・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ * その晩の話を綜合して想像すると、境遇のため泥水稼業に堕ちた可哀相な気の毒な女があって、これを泥の中から拾い上げて、中年からでも一人前になれる自活の道を与える意で、色々考えた結果がココの女の写真屋の内弟子に住・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・二十七八の色の青い小作りの中年増で、髪を櫛巻にしている。昨夜私の隣に寝ていた夫婦者の女房だ。私の顔を見ると、「お早う。」と愛相よく挨拶しながら、上り口でちょっと隣の部屋の寝床を覗いて、「まだ寝てるよ。銭占屋の兄さん、もう九時だよ。」「九・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・てはひとに会えず、住所を秘し、玄関の戸はあけたことがなく、孤独な将棋馬鹿であった坂田の一生には、随分横紙破りの茶目気もあったし、世間の人気もあったが、やはり悲劇の翳がつきまとっていたのではなかろうか。中年まではひどく貧乏ぐらしであった。昔は・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ もっとも中年の恋がいかに薄汚なく気味悪かろうとも、当事者自身はそれ相応の青春を感じているのかも知れない。しかし私は美しい恋も薄汚ない恋もしてみようという気には到底なれない。情事に浮身をやつすには心身共に老いを感じすぎているのである。私・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 新吉の勘は、その中年の男女に情痴のにおいをふと嗅ぎつけていた。情痴といって悪ければ、彼等の夫婦関係には、電報で呼び寄せて、ぜひ話し合わねばならぬ何かが孕んでいるに違いない。子供に飯を食べさせている最中に飛び出して来たという女のあわて方・・・ 織田作之助 「郷愁」
出典:青空文庫