・・・ と見ると、藤紫に白茶の帯して、白綾の衣紋を襲ねた、黒髪の艶かなるに、鼈甲の中指ばかり、ずぶりと通した気高き簾中。立花は品位に打たれて思わず頭が下ったのである。 ものの情深く優しき声して、「待遠かったでしょうね。」 一言あた・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・どれ、目を遣ろう――と仰有いますと、右の中指に嵌めておいで遊ばした、指環の紅い玉でございます。開いては虹に見えぬし、伏せては奥様の目に見えません。ですから、その指環をお抜きなさいまして。紳士 うむ、指環を抜いてだな。うむ、指環を抜いて。・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 更めて、心着くと、ああ、夫人の像の片手が、手首から裂けて、中指、薬指が細々と、白く、蕋のように落ちていた。 この御慈愛なかりせば、一昨日片腕は折れたであろう。渠は胸に抱いて泣いたのである。 なお仏師から手紙が添って――山妻云々・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・「ほら、ね、この人指し指と中指の間から出てる筋、これがずっと一本で通ってないでしょう、初め一寸で一旦切れ――これが十九年前の分よ。それからこうやってまた一寸、また一寸。――御覧なさい、あとは数知れず、じゃないの」「――浄瑠璃や」・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・むっちりしたきれいな手を膝の上においてうな垂れている。中指に赤い玉の指環がささっている。メリンスの長襦袢の袖口には白と赤とのレースがさっぱりとつけてある。―― 程たってから自分は低い声でその娘に聞いた。「つとめですか?」「ええ」・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 女は洋傘の甲斐絹のきれをよこに人指し指と、中指でシュシュとしごきながらふるいしれきったつまらないことを云った。 それで自分では出来したつもりで、かるいほほ笑みをのぼせて居る。 私はまるで試験官のようなひやっこいはっきりした心地・・・ 宮本百合子 「砂丘」
友達と火鉢に向いあって手をかざしていたら、その友達がふっと気づいたように、「ああ、一寸、これ御覧なさい。こういうものがあなたの爪にあって?」 左の中指の爪のところをさすのを覗きこんで見ると、そこには薄赤い爪の中ごろ・・・ 宮本百合子 「鼠と鳩麦」
・・・なかにも右の手の中指のはことに目立つ位まっさおでうす気味悪いほど大きい玉をつけた指環。すぐ下手から第二第三の女と非番の老近侍が出て来る。女達二人は極く注意した歩き振りでどんな時でも少し体をうかす様につまさきで歩く。老近侍は大・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・シナの玉についての講義の時に、先生は玉の味が単に色や形にはなくして触覚にあることを説こうとして、適当な言葉が見つからないかのように、ただ無言で右手をあげて、人さし指と中指とを親指に擦りつけて見せた。その時あのギョロリとした眼が一種の潤いを帯・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
出典:青空文庫