・・・彼等は一寸話を中止して、豚小屋の悪臭に鼻をそむけた。 それまで、汚れた床板の上に寝ころんで物憂そうにしていた豚が、彼等の靴音にびっくりして急に跳ね上った。そして荒々しく床板を蹴りながら柵のところへやって来た。 豚の鼻さきが一寸あたる・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・そして、電鉄が中止ときまってからは、地価は釣瓶落ちに落ちた。親爺は、もう、彼の力では、大勢を再びもとへ戻すのは不可能だと感じたのに違いない。彼は、なお、土地を手離すまいと努力した。金を又借り足して利子を払った。しかし、何年か前、彼に、土地を・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・私は、おもむろに、かの同行の書生に向い、この山椒魚の有難さを説いて聞かせようと思ったとたんに、かの書生は突如狂人の如く笑い出しましたので、私は実に不愉快になり、説明を中止して匆々に帰宅いたしたのでございます。きょうは皆様に、まずこの山椒魚の・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・先週の火曜日にそちらの様子見たく思い、船橋に出かけようと立ち上った処に君からの葉書来り、中止。一昨夜、突然、永野喜美代参り、君から絶交状送られたとか、その夜は遂に徹夜、ぼくも大変心配していた処、只今、永野よりの葉書にて、ほどなく和解できた由・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・したたかに自信を失い、観察を中止して船室に引き上げた。あの雲煙模糊の大陸が佐渡だとすると、到着までには、まだ相当の間がある。早くから騒ぎまわって損をした。私は、再びうんざりして、毛布を引っぱり船室の隅に寝てしまった。 けれども他の船客た・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・ そんな、いいものを見て、私は食事を中止し、きょときょと部屋を見廻した。家の者が、うつむいて、ごはんをたべている。私は、「最後の審判」の写真版を畳んで、つぎの部屋へ引き上げ、机に向った。おそろしく自信が無いのである。何も書きたくなくなっ・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・のよい偉い人には、この都合というものがたくさんございますような工合で、私どもは、ただ泣き寝入りのほかはございませんでして、さて、その小鹿様には断られても、既に今日の教育会は予定せられてあって、いまさら中止も出来ないわけがあるのだそうで、ここ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・勝手に仕事を途中で中止してのんきに安眠するという事は存外六ケしい事であるに相違ない。しかし彼は適当な時にさっさと切り上げて床につく、そして仕事の事は全く忘れて安眠が出来ると彼自身人に話している。ただ一番最初の相対原理に取り付いた時だけはさす・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・私は飯を食うためにこのような空想を中止しなければならないのであった。 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・の部で鉄針とそれにつながる糸とが急速な振動をしているために一種の楽音が発生するが、巻き取るときはそうした振動が中止するので音のパウゼが来るわけである。要するにこの四拍子の、およそ考え得らるべき最も簡単なメロディーがこの糸車という「楽器」によ・・・ 寺田寅彦 「糸車」
出典:青空文庫