・・・その頃のロンドンの中流家庭のありようと日本のそれとの相異はどれほど劇しかったことだろう。父は総領娘のために子供用のヴァイオリンと大人用のヴァイオリンを買って来た。ハンドレッド・ベスト・ホームソングスというような厚い四角い譜ももって来た。ニッ・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
・・・は、知られているとおり、十六歳の学問好きな、そして母から伝えられた根気よさと自立を愛する精神をもつ少女ジュヌヴィエヴが、第一次のヨーロッパ大戦前のフランスの中流生活の常套の中で、俗っぽく偽善的な父親が強いている「良俗」に反抗し、自分の独立と・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・という国内戦時代の動揺、変転する中流家庭生活を主題とした脚本を書いた。モスクワ芸術座が一九二八年から九年の春頃まで上演し一部からひどく受けた。大衆的にも或る程度まで受け入れられたが、段々批判が起って、五ヵ年計画着手とともに、上演目録から削ら・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・「この社会には中流人だけあればいいんだよ」「中流人て、たとえばどういう人なんです?」 自分がきいた。「僕らの階級さ!」 自分がいる横のテーブルの上に「メーデー対策署長会議」と厚紙の表紙に書いた綴じこみがのっている。自分が・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・わたしとしては、過去のプロレタリア・リアリズムが主張した階級対立に重点をおいた枠のある方法では、階級意識のまだきわめて薄弱な女主人公の全面を、その崩壊の端緒をあらわしている中流的環境とともに掬いあげ切れない。佐々という中流層の家庭の崩壊過程・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・イギリスが大戦までは経済的に堅固であった中流生活の土台の上に立って、家庭生活というものを重んじ、子供の躾けや教育に重きを置いてきた。その社会事情が反映して、十九世紀以後の英文学には「アリスの不思議な国旅行」「ピータア・パン」、ディケンズやア・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
・・・ ――今に、私どもがテニスの稽古をしはじめたら、また当分、中流的しかつめらしさが癖になった土地の人々にゴシップと笑いの種を与えることであろう。 このような楽しみのほかに、私には上元気の午後三時頃、酔ったようになって盛夏の空と青葉の光・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・その絶間なく小さい狡いことをされる顧客の大部分がまた過去に於てせくせく蓄めた金をもって引込んで来た人間の、現在中流的偏見に満ちて社会的地位や財産を蓄積しつつある者なのは面白い。天から見たら苦笑される鼬ごっこだ。大体、郊外の住宅地というものは・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・諏訪町河岸のあたりから、舟が少し中流に出た。吾妻橋の上には、人がだいぶ立ち止まって川を見卸していたが、その中に書生がいて、丁度僕の乗っている舟の通る時、大声に「馬鹿」とどなった。 舟の着いたのは、木母寺辺であったかと思う。生憎風がぱった・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・むしろ中流以下の民衆の方により多く精神的教養への欲望が認められるくらいである。彼らを理解に導いて行く機会と設備とをさえ整えれば、――そうして国家が精神的才能の活用法に十分心を用うれば、――平民主義の下にもより美しい芸術の時代が現出し得るだろ・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫