・・・ 我に反るようになってから、その娘の言うのには、現の中ながらどうかして病が復したいと、かねて信心をする湯島の天神様へ日参をした、その最初の日から、自分が上がろうという、あの男坂の中程に廁で見た穢ない婆が、掴み附きそうにして控えているので・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・小高い山の中程に薬師堂があって鐘の音が聞える。境内には柳や、桜などが植っている。其等の木々の葉が白く、日光に、風のあるたびに裏を返して見せているのも淋しかった。 眼の下にお土産物を売っている店がある。木地細工の盆や、茶たくや、こまや、玩・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
田舎の小学校の庭であったが、林から独り離れて校庭の中程に、あまり大きくない一本の杉の木が立っていました。生徒等は、この木をば、目印にして鬼事をしたり、そのまわりで、遊んでいました。いつしか木の根許の土は、堅く石のようになり、その木の垂・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・鞭でたたかれながら弾みをつけて渡り切ろうとしても、中程に来ると、轍が空まわりする。馬はずるずる後退しそうになる。石畳の上に爪立てた蹄のうらがきらりと光って、口の泡が白い。痩せた肩に湯気が立つ。ピシ、ピシと敲かれ、悲鳴をあげ、空を噛みながら、・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・そして橋の中程ですれちがった。男は三十五六の若紳士、女は庇髪の二十二三としか見えざる若づくり、大友は一目見て非常に驚いた。 足早に橋を渡って、「お正さんお正さん。彼れです。彼の女です!」「まア、彼の人ですか!」とお正も吃驚して見・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ ぬけろじの中程が恰度、麺包屋の裏になっていて、今二人が通りかけると、戸が少し開て居て、内で麺包を製造っている処が能く見える。其焼たての香しい香が戸外までぷんぷんする。其焼く手際が見ていて面白いほどの上手である。二人は一寸と立てみていた・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・要太郎を見ると向うの刈田の中をいかにも奇妙な腰付で網の中程を握って走っている。すると精が「居る居る――要太郎があんなに走り出したらきっと鴫が居る」と云う。なるほど要太郎は一心に田の中の一点を凝視めてその点のまわりを小股に走りながらまわってい・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
・・・御茶の水橋は中程の両側が少し崩れただけで残っていたが駿河台は全部焦土であった。明治大学前に黒焦の死体がころがっていて一枚の焼けたトタン板が被せてあった。神保町から一ツ橋まで来て見ると気象台も大部分は焼けたらしいが官舎が不思議に残っているのが・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・阪の中程に街燈がただ一つ覚束ない光に辺りを照らしている。片側の大名邸の高い土堤の上に茂り重なる萩青芒の上から、芭蕉の広葉が大わらわに道へ差し出て、街燈の下まで垂れ下がり、風の夜は大きな黒い影が道一杯にゆれる。かなりに長いこの阪の凸凹道にただ・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・ 階段の中程へ腰をおろし、下の板敷の騒動をひろ子も始めは興にのり、笑い笑い瞰下していた。が、暫くそうやっているうち、ひろ子は、ひとを笑わせ自分も笑っている章子が可哀そうみたいな妙な心持になって来た。紅い帯を胸から巻き、派手な藤色に厚く白・・・ 宮本百合子 「高台寺」
出典:青空文庫