・・・露骨な真実、平板な虚欺、その二つの世界の境界に中立地帯のようにしかも高次元の空間に組み立てられた俳諧の世界がある。実と虚と相接するところに虚実を超越した真如の境地があって、そこに風流が生まれ、粋が芽ばえたのではないかという気がするのである。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・この理想への一つの試験的の作業としては、たとえば三吟の場合であれば、その中の一人なりまた中立の他の一人なりが試験的の監督となりリーダーとなってその人が単に各句の季題や雑の塩梅を指定するのみならず、次の秋なら秋、恋なら恋の句をだれにやらせるか・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・印刷機械の錆付きそうな会社の内部に在って、利平達は、職長仲間の団体を造って、この争議に最初の間は「公平なる中立」の態度を持すと声明していた。尤もそれを信用する争議団員は一人もありはしなかったが……しかし、モウ今日では、利平達は、社長の唯一の・・・ 徳永直 「眼」
・・・活動写真に関係する男女の芸人に対しても今日の僕はさして嫌悪の情を催さず儼然として局外中立の態度を保つことができるようになっている。之を要するに現代の新女優、給仕女、女店員、洋風女髪結のたぐいは、いずれも同じ趣味と同じ性行とを有する同種の新婦・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・彼女がアメリカにいたとき行われた選挙で、ある一人の学者が中立で立候補し、その人格と政策は多くの人の信頼をあつめていたが、彼女の周囲のアメリカ人はその人に投票しなかった。何故かときいたらば、議会内での少数では無意味という根拠から、民主党か共和・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・日本の人民の独立に関する一つの問題としてあれほどみんなが関心をもった大学法案、二十七名の中立的な学者たちが反対署名した非日委員会問題、「南原の線を守る」という表現がある意味では常識となって来ているほど広汎に人事院とりしまり規則に反対している・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ 日本の憲法の精神は、永世中立でなければ実現できないのは実際である。一家が詐欺にかかりそうになったとき、それをふせいだ母の機転、娘のかしこさがほめられるなら、人民全体の未来が国際的なおそろしい私慾の鍋にうちこまれようとするとき、それをふ・・・ 宮本百合子 「しようがない、だろうか?」
・・・「日本の心ある知識階級は、日本の永世中立をのぞんでいる。武装せざる国家、永久平和の国家となることをのぞんでいる。」「しかし葦沢悠平は空想家ではなかった。戦いに敗れ、戦争がいやになったからと言って、それで永世中立ができるものなら、何の苦労もい・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
出典:青空文庫