・・・ どさどさ打まけるように雪崩れて総立ちに電車を出る、乗合のあわただしさより、仲見世は、どっと音のするばかり、一面の薄墨へ、色を飛ばした男女の姿。 風立つ中を群って、颯と大幅に境内から、広小路へ散りかかる。 きちがい日和の俄雨に、・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・ どうして見るどころか、人脚の流るる中を、美しいしぶきを立てるばかり、仲店前を逆らって御堂の路へ上るのである。 また、誰が見ないまでも、本堂からは、門をうろ抜けの見透一筋、お宮様でないのがまだしも、鏡があると、歴然ともう映ろう。・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・白砂に這い、ひろがれる千本松原、または紅葉に見えかくれする清姫滝、そのような絵はがきよりも浅草仲店の絵はがきを好むのだ。人ごみ。喧噪。他生の縁あってここに集い、折も折、写真にうつされ、背負って生れた宿命にあやつられながら、しかも、おのれの運・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・それはとにかく、その勧工場のもう一つ前の前身としては浅草の仲見世や奥山のようなものがあり、両国の橋のたもとがあり、そうして所々の縁日の露店があったのだという気がする。田舎では鎮守の祭りや市日の売店があった。西洋でもおそらく同様であったろうと・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・近きベンチへ腰をかけて観音様を祈り奉る俄信心を起すも霊験のある筈なしと顔をしかめながら雷門を出づれば仁王の顔いつもよりは苦し。仲見世の雑鬧は云わずもあるべし。東橋に出づ。腹痛やゝ治まる。向うへ越して交番に百花園への道を尋ね、向島堤上の砂利を・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・綺麗な金ピカなお堂がいくつもあって、その階の前で自分は浅草の観音さまのように鳩の群に餌を撒いてやったが何故このお堂の近所には仲見世のような、賑やかでお土産を沢山買うような処がないのかと、むしろ不平であった事なぞがおぼろに思い返される。 ・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・その勾配を、小旗握った宿屋の番頭に引率された善男善女の大群が、連綿として登り、下りしていて、左右の土産物屋は浅草の仲見世のようである。葡萄を売っている。林檎を売っている。赤や黄色で刷った絵草紙、タオル、木の盆、乾蕎麦や数珠を売っている。門を・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・雷門で下車。仲店の角をつっきるとき私は出会頭、大きな赤い水瓜みたいなものをハンドルに吊下げて動き出した自転車とぶつかりそうになった。破れる、と思わず瞬間ぎょっとしあわてて避けたはずみに見ると、それは水瓜ではなく、子供の遊戯に使う大きな赤革の・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・この向島からのかえりには浅草の仲店の絵草紙やで、一冊五銭ぐらいのお伽噺の本を買ってもらうのがきまりであった。大抵巖谷小波の本であった。祖父の蔵書は後でどこかに寄附されたが、あのぎっしり並んで光っていた本箱の行方については全く知らない。 ・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
・・・ それを二本の指でつまんで小供げな様子であの仲店の敷石の上を羽二重の裾を気軽らしくさばいて二人にかるい調子で話をしながら歩いてかなり混んだ電車にのりました。一番はじっこにむずかしい顔をして額を押えて居た四十位の商人は私の大きくくった袂を・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫