・・・ 保吉 女主人公は若い奥さんなのです。外交官の夫人なのです。勿論東京の山の手の邸宅に住んでいるのですね。背のすらりとした、ものごしの優しい、いつも髪は――一体読者の要求するのはどう云う髪に結った女主人公ですか? 主筆 耳隠しでしょう・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
この話の主人公は忍野半三郎と言う男である。生憎大した男ではない。北京の三菱に勤めている三十前後の会社員である。半三郎は商科大学を卒業した後、二月目に北京へ来ることになった。同僚や上役の評判は格別善いと言うほどではない。しか・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・…… この目覚しいのを見て、話の主人公となったのは、大学病院の内科に勤むる、学問と、手腕を世に知らるる、最近留学して帰朝した秦宗吉氏である。 辺幅を修めない、質素な人の、住居が芝の高輪にあるので、毎日病院へ通うのに、この院線を使って・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 心着けば、正面神棚の下には、我が姿、昨夜も扮した、劇中女主人公の王妃なる、玉の鳳凰のごときが掲げてあった。「そして、……」 声も朗かに、且つ慎ましく、「竜神だと、女神ですか、男神ですか。」「さ、さ。」と老人は膝を刻んで・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・この書の主人公レオナドダヴィンチの独身生活が今さらのごとく懐かしくなった。 仰向けに枕して読みかけたが、ふと気がつくと、月が座敷中にその光を広げている。おもてに面した方の窓は障子をはずしてあったので、これは危険だという考えが浮んだ。こな・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そんなことを話してから夏目さんは「近頃、主人公の威厳を損じた……」と言って笑われた。 前にも言った通り、私は夏目さんの近年の長篇を殆んど読んでいないといって宜しい。よし新聞や何かで断片的には読んでいるとしても、私はやはり初期の作が好きだ・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・一と口にいえば二葉亭は家庭の主人公としては人情もあり思遣も深かったが、同時に我儘な気難かし屋であった。が、二葉亭のこの我儘な気難かし屋は世間普通の手前勝手や肝癪から来るのではなくて、反覆熟慮して考え抜いた結果の我儘であり気難かし屋であったの・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・その心持を察してそういう贅沢な生活を送るような子供を主人公として童話を書いたとしたら、お嬢さんや坊ちゃん方は喜ぶかも知れない。或は、貧しい家に生れて、常に不足勝ちに育った子供等の中でも、こうした種類の童話を喜ぶものがあるかもしれない。けれど・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・人間の可能性は例えばスタンダールがスタンダール自身の可能性即ちジュリアンやファブリスという主人公の、個人的情熱の可能性を追究することによって、人間いかに生くべきかという一つの典型にまで高め、ベリスム、ソレリアンなどという言葉すら生れたし、ま・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・そして、あわて者を主人公にした小説を書き出した。 織田作之助 「経験派」
出典:青空文庫