・・・の宅で一盞すすめられて杯の遣取をする内に、娶るべき女房の身分に就いて、忠告と意見とが折合ず、血気の論とたしなめられながらも、耳朶を赤うするまでに、たといいかなるものでも、社会の階級の何種に属する女でも乃公が気に入ったものをという主張をして、・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 馬鹿野郎! 乃公を見ろ! という心持サ」と上村もまた真面目で註解を加えた。「それから道行は抜にして、ともかく無事に北海道は札幌へ着いた、馬鈴薯の本場へ着いた。そして苦もなく十万坪の土地が手に入った。サアこれからだ、所謂る額に汗するのは・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 富岡先生の何々塾から出て遂に大学まで卒業した者がその頃三名ある、この三人とも梅子嬢は乃公の者と自分で決定ていたらしいことは略世間でも嗅ぎつけていた事実で、これには誰も異議がなく、但し三人の中何人が遂に梅子嬢を連れて東京に帰り得るかと、・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・というような噂が塾の中で立つと、「ナニ乃公なら五十日で隅から隅まで読んで見せる」なんぞという英物が出て来る、「乃公はそんなら本紀列伝を併せて一ト月に研究し尽すぞ」という豪傑が現われる。そんな工合で互に励み合うので、ナマケル奴は勝手にナマケて・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・ 弱く、あさましき人の世の姿を、冷く三つ列記したが、さて、そういう乃公自身は、どんなものであるか。これは、かの新人競作、幻燈のまちの、なでしこ、はまゆう、椿、などの、ちょいと、ちょいとの手招きと変らぬ早春コント集の一篇たるべき運命の・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・日頃、同僚から軽蔑され、親兄弟に心配を掛け、女房、恋人にまで信用されず、よろしい、それならば乃公も、奮発しよう、むかしバイロンという人は、一朝めざめたら其の名が世に高くなっていたとかいうではないか、やってみよう、というような経緯は、誰にだっ・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・「いつまでもこのような惨めな暮しを続けていては、わが立派な祖先に対しても申しわけが無い。乃公もそろそろ三十、而立の秋だ。よし、ここは、一奮発して、大いなる声名を得なければならぬ」と決意して、まず女房を一つ殴って家を飛び出し、満々たる自信・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ 乃公いでずんば、蒼生をいかんせむ、さ。三十八度の熱を、きみ、たのむ、あざむけ。プウシュキンは三十六で死んでも、オネエギンをのこした。不能の文字なし、とナポレオンの歯ぎしり。 けれども仕事は、神聖の机で行え。そうして、花を、立ちはだ・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・「怪しからん、庭に狐が居る、乃公が弓を引いた響に、崖の熊笹の中から驚いて飛出した。あの辺に穴があるに違いない。」 田崎と抱車夫の喜助と父との三人。崖を下りて生茂った熊笹の間を捜したが、早くも出勤の刻限になった。「田崎、貴様、よく・・・ 永井荷風 「狐」
・・・外国人に対して乃公の国には富士山があるというような馬鹿は今日はあまり云わないようだが、戦争以後一等国になったんだという高慢な声は随所に聞くようである。なかなか気楽な見方をすればできるものだと思います。ではどうしてこの急場を切り抜けるかと質問・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫