・・・動坂から電車に乗って、上野で乗換えて、序に琳琅閣へよって、古本をひやかして、やっと本郷の久米の所へ行った。すると南町へ行って、留守だと云うから本郷通りの古本屋を根気よく一軒一軒まわって歩いて、横文字の本を二三冊買って、それから南町へ行くつも・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・今朝も僕が電車へ乗ったら、先生は一番まん中にかけていたっけが、乗換えの近所になると、『車掌、車掌』って声をかけるんだ。僕は可笑しくって、弱ったがね。とにかく一風変った人には違いないさ。」と、巧に話頭を一転させてしまった。が、毛利先生のそう云・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・勿論その時は格別気にもしないで、二羽とも高い夕日の空へ、揉み上げられるようになって見えなくなるのを、ちらりと頭の上に仰ぎながら、折よく通りかかった上野行の電車へ飛び乗ってしまいましたが、さて須田町で乗換えて、国技館前で降りて見ると、またひら・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 一帆がその住居へ志すには、上野へ乗って、須田町あたりで乗換えなければならなかったに、つい本町の角をあれなり曲って、浅草橋へ出ても、まだうかうか。 もっとも、わざととはなしに、一帳場ごとに気を注けたが、女の下りた様子はない。 で・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・ ある夕方、三味線のトランクを提げて日本橋一丁目の交叉点で乗換えの電車を待っていると、「蝶子はんと違いまっか」と話しかけられた。北の新地で同じ抱主の所で一つ釜の飯を食っていた金八という芸者だった。出世しているらしいことはショール一つにも・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・Eから乗るとTで乗換えをする。そのTへゆくまでがMからだとEからの二倍も三倍もの時間がかかるのであった。電車はEとTとの間を単線で往復している。閑な線で、発車するまでの間を、車掌がその辺の子供と巫山戯ていたり、ポールの向きを変えるのに子供達・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・新宿から品川行に乗換えて、あの停車場で降りてからも弟達の居るところまでは、別な車で坂道を上らなければならなかった。おげんはとぼとぼとした車夫の歩みを辻車の上から眺めながら、右に曲り左に曲りして登って行く坂道を半分夢のように辿った。 弟達・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・三昼夜かかって、やっと秋田県の東能代までたどりつき、そこから五能線に乗り換えて、少しほっとした。「海は、海の見えるのは、どちら側です。」 私はまず車掌に尋ねる。この線は海岸のすぐ近くを通っているのである。私たちは、海の見える側に坐っ・・・ 太宰治 「海」
・・・川部という駅で五能線に乗り換えて十時頃、五所川原駅に着いた時には、なんの事はない、わからない津軽言葉なんて一語も無かった。全部、はっきり、わかるようになっていた。けれども、自分で純粋の津軽言葉を言う事が出来るかどうか、それには自信がなかった・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・という綴方は、池袋の叔母さんが、こんど練馬の春日町へお引越しになって、庭も広いし、是非いちど遊びにいらっしゃいと言われて私は、六月の第一日曜に、駒込駅から省線に乗って、池袋駅で東上線に乗り換え、練馬駅で下車しましたが、見渡す限り畑ばかりで、・・・ 太宰治 「千代女」
出典:青空文庫