・・・ それにしても、その程度の地震で、そればかりで、あの種類の構造物が崩壊するのは少しおかしいと思ったが、新聞の記事をよく読んでみると、かなり以前から多少亀裂でもはいって弱点のあったのが地震のために一度に片付いてしまったのであるらしい。その・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・ 次には熱い茶わんの湯の表面を日光にすかして見ると、湯の面に虹の色のついた霧のようなものが一皮かぶさっており、それがちょうど亀裂のように縦横に破れて、そこだけが透明に見えます。この不思議な模様が何であるかということは、私の調べたところで・・・ 寺田寅彦 「茶わんの湯」
満員電車のつり皮にすがって、押され突かれ、もまれ、踏まれるのは、多少でも亀裂の入った肉体と、そのために薄弱になっている神経との所有者にとっては、ほとんど堪え難い苛責である。その影響は単にその場限りでなくて、下車した後の数時・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・電車の不完全な救助網や不潔な腰掛け、倒れそうな石垣やくずれそうな崖、病菌や害虫を培養する水たまりやごみため、亀裂が入りかかって地震があり次第断水を起こすような水道溝渠、こわれて役に立たぬ自働電話や危険な電線工事、こういう種類のものを報道して・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・その歴史的な亀裂の間から、肉体派小説論、中間派小説論が日本小説のフィクション性を主張して湧き出たが、その文学の空虚な実体があきられて、記録文学の流行を導き出し、その目新しさも忽ち古びて現在では実名小説がはやりはじめた。その実名小説も多くは、・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・ 文化一般における上述のような意味深長な亀裂は、翌一九三七年に独特な展開を示すものとなったが、このことは当時文学の面に複雑な角度をもって投影した。純文学の行き詰りが感じられ、私小説からの脱出が望まれているのは前年来のことであるが、その脱・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 収獲を終った水田の広い面には、茶筅の様な稲の切り株がゾクゾク並んで、乾き切って凍て付いた所々には、深い亀裂破れが出来て居る。 小路は霜で白く光り、寒げな靄に立ちこめられた彼方には、遠く高い山並みや木立の影が夢の様に浮き上って、人家・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
・・・文学は一見隆盛であって、しかもその実質は低められもしあるいは亀裂が入り、あるいは一新の前の薄闇におかれている。よかれあしかれ、男の作家のもつ社会性のひろさ、敏感さ、積極性がそういう文学上の混乱を示しているのであるが、婦人作家たちの多くは、そ・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
・・・日本近代社会がその推移の過程で引き裂いた文化面のこの無惨な亀裂を今日性急に主観的にとび越え、埋めようとするところから、或る意味では従来の反動として、市民的日常性への無条件降服のきざしが作家の間に生じている。この傾向は、特に、日本の文化が置か・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
出典:青空文庫