・・・義務の在る数人を世話するどころか、私自身さえ行路病者だ。事態は、緊迫しています。もはや、かの肥満、醜貌の大バルザックになるより他は無い。ほんとうは、若いままで死にたいのだが、ああ、死にたいのだが、ままにならない。よろめき、つまずき、立ち上り・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・と言われても、ああ慧眼と恐れいったりすることがないともかぎらぬような事態にたちいたるので、デカルト、べつだん卓見を述べたわけではないのである。人は弱さ、しゃれた言いかたをすれば、肩の木の葉の跡とおぼしき箇所に、射込んだふうの矢を真実と呼んで・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・頭の冷静な場合にはそんな事はないとしても、切迫した事態のもとに頭が少し不透明になった場合には存外ありそうな事だと思う。 この事件は見方によっては頭のよくない茶目のいたずらとも見られる。しかしまた犯罪心理学者の研究資料にもなれば、科学的認・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・故に世上有志の士君子が、その郷里の事態を憂てこれが処置を工夫するときに当り、この小冊子もまた、或は考案の一助たるべし。一、旧藩地に私立の学校を設るは余輩の多年企望するところにして、すでに中津にも旧知事の分禄と旧官員の周旋とによりて一校を・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・時勢を殊にし事態を同じゅうせずといえども、熱心の熱度は前年の君に異ならず。けだしこの熱は我々の身において独発に非ず。その実は君の余熱に感じて伝染したるものというも可なり云々と、利口に述べ立てられたらば、長者の輩も容易にこれに答うること能わず・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・、その学ぶ所の事柄は全く儒林の外にして、仮令え西洋の宗教道徳門に入らざるも、その国人に接し、その言を聴き、その書を読み、その風俗を視察するときは、事の内実はともかくも、その表面のみにても、これを日本の事態に比して大いに異なる所あるを発明し、・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・減刑運動という名のもとに、日本のまちがった民族主義の思想がふたたびうごめき出し、戦争挑発が拡大するような事態を許すならば、わたしたち人民の譲歩は、度をこしている。満州侵略に着手した田中義一の内閣に外交官であった吉田茂が、この減刑運動を、国内・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・子供たちに炭のないわけを公平に納得させてやれるだけの社会についての知識と、そういう寒さをも何かと凌ぎよくしてやるだけのひろい科学的な工夫のできる心、歴史の時期としてユーモアと希望と洞察とでその事態を判断し得る心、そういうものが、女らしさの日・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ そして、そういう現代の女性の比較的表現されていない気持は、後輩や娘たちが当事者として、異性との間に友情と恋愛の感情の区別をはっきり自覚しないでいろいろ混迷しているとおり、やはり事態に対して何となし判断の混乱におかれている場合がすくなく・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・いう立場におちいった作家たちにしろ、あれだけ深刻な戦争の現実の一端にふれ、国際的なひろがりの前で後進国日本の痛切な諸矛盾を目撃し、日に夜をつぐいたましい生命の浪費の渦中にあったとき、一つ二つ、あるいは事態そのものについて、一生忘られない感銘・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
出典:青空文庫