・・・が、保吉は痛みよりも名状の出来ぬ悲しさのために、二の腕に顔を隠したなり、いよいよ懸命に泣きつづけた。すると突然耳もとに嘲笑の声を挙げたのは陸軍大将の川島である。「やあい、お母さんて泣いていやがる!」 川島の言葉はたちまちのうちに敵味・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・彼はいじいじしながら、もう飛び出そうかもう飛び出そうかと二の腕をふるわせながら青くなって突っ立っていた。「えい、退きねえ」 といって、内職に配達をやっている書生とも思わしくない、純粋の労働者肌の男が……配達夫が、二、三人の子供を突き・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ 犬張子が横に寝て、起上り小法師のころりと坐った、縁台に、はりもの板を斜めにして、添乳の衣紋も繕わず、姉さんかぶりを軽くして、襷がけの二の腕あたり、日ざしに惜気なけれども、都育ちの白やかに、紅絹の切をぴたぴたと、指を反らした手の捌き、波・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・「腕を、拳固がまえの握拳で、二の腕の見えるまで、ぬっと象の鼻のように私の目のさきへ突出した事があるんだからね。」「まだ、踊ってるようだわね、話がさ。」「私も、おばさん、いきなり踊出したのは、やっぱり私のように思われてならないのよ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・と両手を組違えに二の腕をおさえて、頭が重そうに差俯向く。「むむ、そうかも知れねえ、昨夜そうやってしっかり胸を抱いて死んでたもの。ちょうど痛むのは手の下になってた処よ。」「そうでございますか、あの私はこうやって一生懸命に死にましたわ。・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・黄金を溶す炎のごとき妙義山の錦葉に対して、ハッと燃え立つ緋の片袖。二の腕に颯と飜えって、雪なす小手を翳しながら、黒煙の下になり行く汽車を遥に見送った。 百合若の矢のあとも、そのかがみよ、と見返る窓に、私は急に胸迫ってなぜか思わず落涙した・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ これが薬なら、身体中、一筋ずつ黒髪の尖まで、血と一所に遍く膚を繞った、と思うと、くすぶりもせずになお冴える、その白い二の腕を、緋の袖で包みもせずに、……」 聞く欣八は変な顔色。「時に……」 と延一は、ギクリと胸を折って、抱・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・当てると、そのまくれた二の腕に、お誓の膚が透通って、真白に見えたというのである。 銑吉の馬鹿を表わすより、これには、お誓の容色の趣を偲ばせるものがあるであろう。 ざっと、かくの次第であった処――好事魔多しというではなけれど、右の溌猴・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ と二の腕を曲げて、件の釘を乳の辺へ齎して、掌を拡げて据えた。「どう致しまして。」「知らない?」「いえ、何、存じております。」「それじゃこれは。」「へい。」「女の脱髪。」 小宮山は慌しく、「どう致しまして・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 虫も殺さぬ顔をしているが、二の腕に刺青があり、それを見れば、どんな中学生もふるえ上ってしまう。女学生は勿論である。 そこをすかさず、金をせびる。俗に「ヒンブルを掛ける」のだ。 それ故の「ヒンブルの加代」だが、べつに「兵古帯お加・・・ 織田作之助 「夜光虫」
出典:青空文庫