・・・ あれは五位鷺でございますよ。」 お蓮は眼の悪い傭い婆さんとランプの火を守りながら、気味悪そうにこんな会話を交換する事もないではなかった。 旦那の牧野は三日にあげず、昼間でも役所の帰り途に、陸軍一等主計の軍服を着た、逞しい姿を運んで・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 三「どっちです、白鷺かね、五位鷺かね。」「ええ――どっちもでございますな。両方だろうと思うんでございますが。」 料理番の伊作は来て、窓下の戸際に、がッしり腕組をして、うしろ向きに立って言った。「むこう・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・自分を見て、ちょっと首を低くして挨拶したが、その眉目は既に分明には見えなかった。五位鷺がギャアと夕空を鳴いて過ぎた。 その翌日も翌日も自分は同じ西袋へ出かけた。しかしどうした事かその少年に復び会うことはなかった。 西袋の釣はその歳限・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ これに連関してまた、五位鷺や雁などが飛びながらおりおり鳴くのも、単に友を呼びかわしまた互いに警告し合うばかりでなくあるいはその反響によって地上の高さを瀬踏みするためにいくぶんか役立つのではないかと思われるし、またとんびが滑翔しながら例・・・ 寺田寅彦 「疑問と空想」
・・・ 一、夜ややふけて、よその笑ひ声も絶る頃、月はまだ出でぬに歩む路明らかならず、白髭あたり森影黒く交番所の燈のちらつくも静なるおもむきを添ふる折ふし五位鷺などの鳴きたる。 一、何心もなくあるきゐたる夜、あたりの物淋しきにふと初蛙の声聞・・・ 永井荷風 「向嶋」
その時分に、まだ菊人形があったのかどうか覚えていないが、狭くって急な団子坂をのぼって右へ曲るとすぐ、路の片側はずっと須藤さんの杉林であった。古い杉の樹が奥暗く茂っていて、夜は五位鷺の声が界隈の闇を劈いた。夏は、その下草の間・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・ どうぞ私が気まぐれで申しあげるのでない事をお信じ下さいませ。 お休み遊ばせ、よいお夢を。 あしたお日様が輝き出ますれば又意味深い今日が生れる事でございましょう。五位鷺の 悲しげに天馳ける夜・・・ 宮本百合子 「たより」
出典:青空文庫