・・・これは自分の趣味嗜好が時代に遅れたという事実を証明する以外になんらの意味もない些事ではあろうが、この一些事はやはりちょっと自分にものを考えさせる。こういう時にわれわれがもしも、自分のいちばんいやなようないちばん新しい傾向の品を買って来て我慢・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ この集の内容は例によって主として身辺瑣事の記録や追憶やそれに関する瑣末の感想である。こういうものを書く場合に何かひと言ぐらい言い訳のようなことをかく人も多いようである。考え方によればそれも必要かもしれない。しかし、いかなる個人でもその・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・しかるに一見なんでもないような市井の些事を写したニュース映画を見ているときに、われわれおとなはもちろん、子供ですら、時々実に驚くような「発見」をする。それはそのはずである。映画はある意味で具象そのものであって、その中には発見されうべき真なる・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・嵐よ仮借なく吹き捲って徒らな瑣事と饒舌に曇った私の頭脳を冷せ。春三月 発芽を待つ草木と二十五歳、運命の隠密な歩調を知ろうとする私とは双手を開き空を仰いで意味ある天の養液を四肢 心身に 普く浴びようとす・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・勤労階級の解放というような大事業をめざしている共産党員がそういうことについて気をくばることは私的な些事であるかのように言う人がある。しかし三・一五の顛落者が金と女にルーズであったことを忘れてはならない。それからのちあらわれたスパイも金と女に・・・ 宮本百合子 「共産党とモラル」
・・・外見は、物静で、ちんまりしているけれど、内部で、そういう些事に労する神経は並大抵でないらしい。なかなか窮屈なことと思う。 女の人が、総体経済家で、きれいずきで、家政的に育て上げられているのは、一寸傍から見れば、共に生活する男の人の幸福の・・・ 宮本百合子 「京都人の生活」
・・・其等は末端の些事だと存じます。生活の真実の価値は、只快活さと、活動的と云う文字で計られるものではないと存じます。私はいずれに仕ても、生活の根本から洗練された純化されたいのでございます。常套、常套、而して常套と幾重にも重なった裡から、何にも染・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・短篇小説が私小説の系統に立って、作者の身辺些事の描写や、狭く小さく纏った雰囲気、心境をその世界として来ていたということに対して、嘗ての不満は表明された。現代の日々は、そういう独善の文学的境地というものの成り立ちを不可能にしている。文学はもっ・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ あれやこれやの理由から、孝子夫人の資質を貫く熱い力は、よりひろくひろくと導かれ得ないで、日常身辺のことごとと対人関係の中で敏感にされ、絶えず刺戟され、些事にも渾心を傾けるということにもなったのではなかったろうか。 二昔ほど以前の生・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・社会的な大きい事件と日常的些事とをただチャンポンに一篇の中に置くことでもない。 十月号の『ナップ』に「創作における唯物弁証法的方法に就ての覚え書」を書いた人にとってこんなABCは理屈としては問題外だろう。だが、実際の結果はそういう機械的・・・ 宮本百合子 「プロレタリア文学における国際的主題について」
出典:青空文庫