・・・に見えて、自分より上の人は非常にえらくかつ古人が世の中に存在し得るという信仰があったため、また、一は所が隔たっていて目のあたり見なれぬために遠隔の地の人のことは非常に誇大して考えられたものである、今は交通が便利であるためにそんな事がない、私・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・のみならずその当時は交通が非常に不便でありまして、東京から大阪へちょっと手紙一本で呼出されて来て講演をすると云うようなことすら、できないとは限りませんが、なかなか億劫でこう手軽には行きません。来るにしても駕籠に揺られて五十三次を順々に越すの・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・他に累を及ぼさざるものが厳として存在していると云う事すら自覚しないで、真の世界だ、真の世界だと騒ぎ廻るのは、交通便利の世だ、交通便利の世だと、鈴をふり立てて、電車が自分勝手な道路を、むちゃくちゃに駆けるようなものである。電車に乗らなければ動・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ペンキ屋「だって、そんな先月まで交通整理だかやっていて俄かに医者なんかできるんですか。」爾薩待「交通整理じゃないよ。耕地整理だよ。けれどもそりぁ、医者とはちがわぁね。しかしね、百姓のことなんざ何とでもごまかせるもんだよ。ぼく、きっと・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・そして、この不幸は母親ばかりの責任ではなく、我もろとも十分に知りつくしている昨今の東京の交通地獄の凄じさに対して、熱意ある解決をしない運輸省の怠慢について、注意を喚起した。 世間の輿論は、不幸な母親由紀子さんに同情を示し、結局、東京検事・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・食糧の問題、住宅の問題、交通の問題そのほか。 いまの日本に特別つよくあらわれているそれらの困難については誰しも十分知っているけれども、勤労する人々の生活にとっては更にもう一つ深刻な問題がある。それは時間の問題である。「時間は人間成長・・・ 宮本百合子 「いのちの使われかた」
・・・阿部一族は上に叛いて籠城めいたことをしているから、男同志は交通することが出来ない。しかるに最初からの行きがかりを知っていてみれば、一族のものを悪人として憎むことは出来ない。ましてや年来懇意にした間柄である。婦女の身としてひそかに見舞うのは、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・市中至る所太郎兵衛のうわさばかりしている中に、それを最も痛切に感ぜなくてはならぬ太郎兵衛の家族は、南組堀江橋際の家で、もう丸二年ほど、ほとんど全く世間との交通を絶って暮らしているのである。 この予期すべき出来事を、桂屋へ知らせに来たのは・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・海外との交通の手助けなどもしている。そう眼界の狭い学者であったとは思えない。彼の著として伝わっている『仮名性理』あるいは『千代もと草』は、平易に儒教道徳を説いたものであるが、しかし実は、彼の著書であるかどうか不明のものである。同じ書は『心学・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・しかし我らの生が神と交通し得るものであることは疑うわけに行かぬ。神は教会の神として、教理の神として死んで行った。しかし我らの無限の要求は、この神の死によって煩わされはしない。我らは神の名を失った、しかし我らは彼に付すべき新しい名を求めずには・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫