・・・勿論彼等他国ものは、天主のおん教を知るはずはない。彼等の信じたのは仏教である。禅か、法華か、それともまた浄土か、何にもせよ釈迦の教である。ある仏蘭西のジェスウイットによれば、天性奸智に富んだ釈迦は、支那各地を遊歴しながら、阿弥陀と称する仏の・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・彼女はあの賑やかな家や朋輩たちの顔を思い出すと、遠い他国へ流れて来た彼女自身の便りなさが、一層心に沁みるような気がした。それからまた以前よりも、ますます肥って来た牧野の体が、不意に妙な憎悪の念を燃え立たせる事も時々あった。 牧野は始終愉・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ と独りで極めて、もじつく女房を台所へ追立てながら、「織さん、鰯のぬただ、こりゃ御存じの通り、他国にはない味です。これえ、早くしなよ。」 ああ、しばらく。座にその鰯の臭気のない内、言わねばならぬ事がある……「あの、平さん。」・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・この種の事は自分実地に出あいて、見も聞きもしたる人他国にも間々あらんと思う。われ等もしばしば伝え聞けり。これと事柄は違えども、神田の火事も十里を隔てて幻にその光景を想う時は、おどろおどろしき気勢の中に、ふと女の叫ぶ声す。両国橋の落ちたる話も・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ と、袖に取った輪鉦形に肱をあげて、打傾きざまに、墓参の男を熟と視て、「多くは故人になられたり、他国をなすったり、久しく、御墓参の方もありませぬ。……あんたは御縁辺であらっしゃるかの。」「お上人様。」 裾冷く、鼻じろんだ顔を・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 某の家では親が婿を追い出したら、娘は婿について家を出てしまった、人が仲裁して親はかえすというに今度は婿の方で帰らぬというとか、某の娘は他国から稼ぎに来てる男と馴れ合って逃げ出す所を村界で兄に抑えられたとか、小さな村に話の種が二つもでき・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・かつて、おじいさんがそうであったように、脊中に、小さな薬箱を負って、バイオリンを弾きながら、知らぬ他国を旅して歩いたのです。 入り日は、赤く、海のかなたに沈みました。彼は、その入り日を見るにつけて、おじいさんのことを思わずにいられません・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・ しかし、おまえはこんなに遠い他国にくるまでには、さだめしいろいろなところを見てきたろうね。町や、海や、港や、野原や、山や、河や、また珍しいふうをした旅人や、その人たちの歌う唄などを聞いたり、見たりしてきたにちがいない。しかし、わたしは、そ・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・そうして反キリスト教同盟は「キリスト教は科学の信仰を阻止し、資本主義の手先になって、他国を侵略する」ということが、その宣言の一つである。私は原始キリスト教の精神というものが決して今日の職業化した街頭のキリスト教とは思っていない。本当に原始キ・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・いったいこの土地は昔からの船着場で、他国から流れ渡りの者が絶えず入りこむ。私のようなことを言って救いを乞いに廻る者も希しくないところから、また例のぐらいで土地の者は対手にしないのだ。 私は途方に晦れながら、それでもブラブラと当もなしに町・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫