・・・ 今はたとい足許が水になって、神路山の松ながら人肌を通す流に変じて、胸の中に舟を纜う、烏帽子直垂をつけた船頭なりとも、乗れとなら乗る気になった。立花は怯めず、臆せず、驚破といわば、手釦、襟飾を隠して、あらゆるものを見ないでおこうと、胸を・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・湯上りの湯のにおいも可懐いまで、ほんのり人肌が、空に来て絡った。 階段を這った薄い霧も、この女の気を分けた幽な湯の煙であったろうと、踏んだのは惜い気がする。「何だろう、ここの女中とは思うが、すばらしい中年増だ。」 手を洗って、ガ・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・とまた得ならず艶な、しかし冷たい、そして、におやかな、霧に白粉を包んだような、人膚の気がすッと肩に絡わって、頸を撫でた。 脱ぐはずの衣紋をかつしめて、「お米さんか。」「いいえ。」 と一呼吸間を置いて、湯どのの裡から聞こえたの・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 椿岳の米三郎は早くから絵事に志ざした風流人であって、算盤を弾いて身代を肥やす商売人肌ではなかった。初めから長袖を志望して、ドウいうわけだか神主になる意でいたのが兄貴の世話で淡島屋の婿養子となったのだ。であるから、金が自由になると忽ちお・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫