・・・五 日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹と、人質に取った鬼の子供に宝物の車を引かせながら、得々と故郷へ凱旋した。――これだけはもう日本中の子供のとうに知っている話である。しかし桃太郎は必ずしも幸福に一生を送った訣ではない。鬼の子供は・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・ と釣込まれたように、片袖を頬に当てて、取戻そうと差出す手から、ついと、あとじさりに離れた客は、手拭を人質のごとく、しかと取って、「気味の悪かったのは只今でしたな――この夜ふけに、しかも、ここから、唐突だろう。」 そのまま洗面所・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・「どうしたんだ?」僕はいぶかった。「人質に取ってやったの」「おッ母さんの手紙がばれたんだろう――?」「いいえ、ゆうべこれに負けたんで、現金がないと、さ」「馬鹿野郎! だまされていやアがる」僕は僕のことでも頼んで出来なかっ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・それまで私は、人質になって、ここにずっといる事になっていますの。それなら、安心でしょう? お金が来るまで、私はお店のお手伝いでもさせていただくわ」 私は坊やを背中からおろし、奥の六畳間にひとりで遊ばせて置いて、くるくると立ち働いて見せま・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、少しく派手な暮しをしている者には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば十字架にかけられて、殺されます。きょうは、六人殺されました。」 聞いて、メロスは激怒した。「呆れた王だ。・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・ても、何も女の幸福ということが眼目ではございませんで、昔からたくさんあるいろいろなお話をお読みになってもわかる通りに、戦国時代の女の人と申しますのは、父や兄という人達が戦略上自分が一番喧嘩しそうな敵へ人質として自分の妹や娘をくれるのでありま・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・女性は美しければ美しいほど人質として悲惨だった。人質としてとられ、又媾和的なおくりものとして結婚させられる。戦国時代の婦人達の愛情とか人間性というものがどんなにふみにじられたかということは細川忠興の妻ガラシアの悲壮な生涯の終りを見てもわかる・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・文化団体の活動に参加することを「人質にとられる」という形容でかかれているのをおどろいてよんだこともある。 それにつけて、一九四六年のはじめの新日本文学会創立大会の日のことを思い出す。その日、サークル活動についての提案者は、わたしだった。・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・朝鮮征伐のときには小西家の人質として、李王宮に三年押し籠められていた。小西家が滅びてから、加藤清正に千石で召し出されていたが、主君と物争いをして白昼に熊本城下を立ち退いた。加藤家の討手に備えるために、鉄砲に玉をこめ、火縄に火をつけて持たせて・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫