・・・若干の道徳学者が人道論を持ち出して映画の公開だけは禁じられるであろう。 チンパンジーは人間とはちがって動物だという。これは動物学者が人為的に勝手な理屈から割り出してきめた分類によるからである。西洋人も日本人も同じ人間だという。しかしA博・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・パリじゅうのせんたく女の中でいちばん美しいのを女皇に選挙して盛んな行列をやるというのでしたから、昼過ぎに近所の大通りまで出て見ました。人道のそばには至るところコンフェッチを包んだ紙袋を売っています、仮面や紙の塵払いや鶏の鳴き声をする笛などを・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・しかのみならず向うの四ツ角に立ている巡査の方へ向けてどんどん馳けて行く、気が気でない、今日も巡査に叱られる事かと思いながらもやはり曲乗の姿勢をくずす訳に行かない、自転車は我に無理情死を逼る勢でむやみに人道の方へ猛進する、とうとう車道から人道・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・正義と云い人道と云うは朝嵐に翻がえす旗にのみ染め出すべき文字で、繰り出す槍の穂先には瞋恚のほむらが焼け付いている。狼は如何にして鴉と戦うべき口実を得たか知らぬ。鴉は何を叫んで狼を誣ゆる積りか分らぬ。只時ならぬ血潮とまで見えて迸ばしりたる酒の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ ゆえに世の富豪・貴族、もしくは政をとるの人、天理人道の責を重んじ、心を虚にして気を平にし、内に自からかえりみて、はたして心に得るものあらば、読書の士君子を助けてその術を施さしめ、読書家もまた己れを忘れて力をつくし、ともに天下の裨益を謀・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ そもそも洋学のもって洋学たるところや、天然に胚胎し、物理を格致し、人道を訓誨し、身世を営求するの業にして、真実無妄、細大備具せざるは無く、人として学ばざるべからざるの要務なれば、これを天真の学というて可ならんか。吾が党、この学に従事す・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・ なるほど、毒蛾のことがわかって町をあるくと、さっき停車場からホテルへ来る途中、いろいろ変に見えたけしきも、すっかりもっともと思われたのです。人道にはたくさんたき火のあとがありましたし、みんなは繃帯をしたり白いきれで顔を擦ったりしながら・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
「貧しき人々の群」は一九一六年、十八歳のときに書かれた。そして、その年の秋中央公論に発表された。「貧しき人々の群」は、稚いけれども純朴な人道的なこころもちと、自然の豊富さ、人間生活への感動にたってかかれている。少女だった・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
・・・ベルリンのウンテル・デン・リンデンと云う大通りの人道が、少し凸凹のある鏡のようになっていて、滑って歩くことが出来ないので、人足が沙を入れた籠を腋に抱えて、蒔いて歩いています。そう云う時が一番寒いのですが、それでもロシアのように、町を歩いてい・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・文芸復興期以来しきりに重ねられて来た人間の妄想が再びまた「人道主義」の情熱によって打ち砕かれるのである。世界史の大きい振り子は行き詰まるごとに運動の方向を逆に変えるが、しかしその運動の動因は変わらない。 それとともにもう一つ見落としては・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫