菊池は生き方が何時も徹底している。中途半端のところにこだわっていない。彼自身の正しいと思うところを、ぐん/\実行にうつして行く。その信念は合理的であると共に、必らず多量の人間味を含んでいる。そこを僕は尊敬している。僕なぞは・・・ 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・他の犬士の物語と比べて人間味が著しく稀薄であるが、殊に京都の物語は巽風・於菟子の一節を除いては極めて空虚な少年武勇伝である。 本来『八犬伝』は百七十一回の八犬具足を以て終結と見るが当然である。馬琴が聖嘆の七十回本『水滸伝』を難じて、『水・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・しかし日蓮宗の教徒ならぬわれわれにとっては、その教理がここで主なる関心ではなく、彼の信念、活動の歴史的意義、その人格と、行状と、人間味との独特のニュアンスとが問題なのである。 日蓮の性格と行動とのあとはわれわれに幾度かツァラツストラを連・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・羽左、阪妻の活躍は、見た眼にも綺麗で、まあ新講談と思えば、講談の奇想天外にはまた捨てがたいところもあるのだから、楽しく読めることもあるけれど、あの、深刻そうな、人間味を持たせるとかいって、楠木正成が、むやみ矢鱈に、淋しい、と言ったり、御前会・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・といったような人間味の希薄なものを読みふけったのであった。それから「西遊記」、「椿説弓張月」、「南総里見八犬伝」などでやや「人情」がかった読み物への入門をした。親戚の家にあった為永春水の「春色梅暦春告鳥」という危険な書物の一部を、禁断の木の・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・しかし甲はまたある場合に臨んで利害を打算せず自他の区別を立てないためにたのもしくあたたかい人間味の持ち主であることもありうるであろう。それはとにかくこの二つの型が満員昇降機のテストによってふるい分けられるように見えるところに興味がある。・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・になんの興味も感じることのできなくてかわき切っていた頭にあたたかい人間味の雨をそそいだのであった。この雨が深くしみ込んで、よかれあしかれその後の生活に影響したような気がする。 当時は「明治文庫」「新小説」「文芸倶楽部」などが並立して露伴・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・こうなると運転手にも人間味が出て来るから妙である。 矢来下行き電車に乗って、理研前で止めてもらおうとしたが、後部入り口の車掌が切符切りに忙しくてなかなか信号ベルのひもを引いてくれない。やっと一度引くには引いたが、運転手は聞こえないと見え・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・行って腹立たしくうるさい案内者に悩まされながらセラピスの寺の柱に残る地盤昇降の跡を見、ソルファタラ旧火口の噴煙を調べ、汚い家でスパゲッティの昼食を食って、帰りの電車で、贋銀貨をつかまされた外にはあまり人間味のある記憶が保存されていない。・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・ 真心から婦人の幸福を思い、差別ある待遇を改善しようとして、あらゆる場面で、ともども闘って来た日本共産党が、人間味のない党であると、どうして思えるでしょう。たとえ、イワシにしろ、今日、現実に、私たちの食膳へ配給されるようになった食糧の人・・・ 宮本百合子 「幸福のために」
出典:青空文庫