・・・何んしに今時こないな所にいるのぞい」 仁右衛門は声の主が笠井の四国猿奴だと知るとかっとなった。笠井は農場一の物識りで金持だ。それだけで癇癪の種には十分だ。彼れはいきなり笠井に飛びかかって胸倉をひっつかんだ。かーっといって出した唾を危くそ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・どうして、元気な人ですからね、今時行火をしたり、宵の内から転寝をするような人じゃないの。鉄は居ませんか。」「女中さんは買物に、お汁の実を仕入れるのですって。それから私がお道楽、翌日は田舎料理を達引こうと思って、ついでにその分も。」「・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 薄手のお太鼓だけれども、今時珍らしい黒繻子豆絞りの帯が弛んで、一枚小袖もずるりとした、はだかった胸もとを、きちりと紫の結目で、西行法師――いや、大宅光国という背負方をして、樫であろう、手馴れて研ぎのかかった白木の細い……所作、稽古の棒・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・……まだ袷、お雪さんの肌には微かに紅の気のちらついた、春の末でした。目をはずすまいとするから、弱腰を捻って、髷も鬢もひいやりと額にかかり……白い半身が逆になって見えましょう。……今時……今時……そんな古風な、療治を、禁厭を、するものがあるか・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 固より口実、狐が化けた飛脚でのうて、今時町を通るものか。足許を見て買倒した、十倍百倍の儲が惜さに、貉が勝手なことを吐く。引受けたり平吉が。 で、この平さんが、古本屋の店へ居直って、そして買戻してくれた錦絵である。 が、その後、・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 名僧の、智識の、僧正の、何のッても、今時の御出家に、女でこそあれ、山の清心さんくらいの方はありやしない。 もう八十にもなっておいでだのに、法華経二十八巻を立読に遊ばして、お茶一ツあがらない御修行だと、他宗の人でも、何でも、あの尼様・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ それにしても、今時、奥の細道のあとを辿って、松島見物は、「凡」過ぎる。近ごろは、独逸、仏蘭西はつい隣りで、マルセイユ、ハンブルク、アビシニヤごときは津々浦々の中に数えられそうな勢。少し変った処といえば、獅子狩だの、虎狩だの、類人猿の色・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・食べたら古今の珍味だろう、というような話から、修善寺の奥の院の山の独活、これは字も似たり、独鈷うどと称えて形も似ている、仙家の美膳、秋はまた自然薯、いずれも今時の若がえり法などは大俗で及びも着かぬ。早い話が牡丹の花片のひたしもの、芍薬の酢味・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 黒小袖の肩を円く、但し引緊めるばかり両袖で胸を抱いた、真白な襟を長く、のめるように俯向いて、今時は珍らしい、朱鷺色の角隠に花笄、櫛ばかりでも頭は重そう。ちらりと紅の透る、白襟を襲ねた端に、一筋キラキラと時計の黄金鎖が輝いた。 上が・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・「また、今時に珍しい、学校でも、倫理、道徳、修身の方を御研究もなされば、お教えもなさいます、学士は至っての御孝心。かねて評判な方で、嫁御をいたわる傍の目には、ちと弱すぎると思うほどなのでございますから、困じ果てて、何とも申しわけも面目も・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
出典:青空文庫