・・・が、やがて話が終ると、甚太夫はもう喘ぎながら、「身ども今生の思い出には、兵衛の容態が承りとうござる。兵衛はまだ存命でござるか。」と云った。喜三郎はすでに泣いていた。蘭袋もこの言葉を聞いた時には、涙が抑えられないようであった。しかし彼は膝を進・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ おれはもう今生では、お前にも会えぬと思っていた。」 俊寛様もしばらくの間は、涙ぐんでいらっしゃるようでしたが、やがてわたしを御抱き起しになると、「泣くな。泣くな。せめては今日会っただけでも、仏菩薩の御慈悲と思うが好い。」と、親のよ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・その修理が、今生の望にただ一度、出仕したいと云う、それをこばむような宇左衛門ではあるまい。宇左衛門なら、この修理を、あわれとこそ思え、憎いとは思わぬ筈じゃ。修理は、宇左衛門を親とも思う。兄弟とも思う。親兄弟よりも、猶更なつかしいものと思う。・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・この手に――もう一度、今生の思出に、もう一度。本望です。貴方、おなごり惜しゅう存じます。画家 私こそ。(喟然夫人 爺さん、さあ、行こう。人形使 ええ、ええ。さようなら旦那様。夫人 行こうよ。二人行きかかる。本雨。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・よと御嘆きありせめては代筆せよと仰せられ候間お言葉どおりを一々に書き取り申し候 必ず必ず未練のことあるべからず候 母が身ももはやながくはあるまじく今日明日を定め難き命に候えば今申すことをば今生の遺言とも心得て深く心にきざみ置かれ・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・波木井殿に対面ありしかば大に悦び、今生は実長が身に及ばん程は見つぎ奉るべし、後生をば聖人助け給へと契りし事は、ただ事とも覚えず、偏に慈父悲母波木井殿の身に入りかはり、日蓮をば哀れみ給ふか。」 かくて六月十七日にいよいよ身延山に入った。彼・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・音の鈴もちて曰くありげの青年巡礼、かたちだけでも清らに澄まして、まず、誰さん、某さん、おいとま乞いにお宅の庭さきに立ちて、ちりりんと鈴の音にさえわが千万無量のかなしみこめて、庭に茂れる一木一草、これが今生の見納め、断絶の思いくるしく、泣き泣・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
出典:青空文庫